いい歳をしてどうしてこんなことを、と、思わなくも…ない as Severus Snape

グリフィンドール寮の談話室。
午前中に立ち寄ったハニーデュークスのラズベリーパイを頬張りながら、はハーマイオニーとハリーの三人で普段と何等変わる事のない下らない談笑に花を咲かせていた。
甘いものにめっぽう弱いとハーマイオニーの為に、ハリーとロンはホグズミード中のケーキ屋を足蹴く回ってはケーキを大量に買い込んでは、こうして夜のお茶会を開催している。
今日もとハーマイオニーが見付けて来たクランベリーの紅茶を片手に、グリフィンドール談話室には楽しげな笑い声が響く。

「そういえば今日、本当はハニーデュークスの新作”蜂蜜のオランジェット”をお土産にしようと思ったんだけど、残念ながら売り切れてて。ハニーデュークスの店員に聞いたら、結構人気商品みたいで、朝早くに並んでも10分くらいで売り切れちゃうって。」
「へぇ、そうなの。食べてみたいわね、蜂蜜のオランジェット」

がクランベリーティーの入ったカップを手に取り、ハーマイオニーがラズベリーパイを掴んだとき、思い出したようにハリーが言った言葉に、ハーマイオニーはそう返答する。
稜線のほどけたハリーの横顔がやけに真剣な顔つきになり、内緒話でもするように密やかな声で、こう続けた。

「そこでね、凄い話を聞いたんだ。」
「凄い話?」

逸らせない侭、あわされた孔雀緑の瞳はいつになく真剣な色を帯びており、ハーマイオニーは一体何が起きたのかと自分の表情に僅かに緊張を走らせた。
は何とも言えない微妙な顔をしてきたが、ハーマイオニーは見ない振りをした。
其れを合図にしたかのように、ゆっくりとゆっくりと、ハリーは唇を開き、告げる。


「あの引見根暗厭味教授こと、セブルス・スネイプに―――――恋人が居るらしい」
「…………………あら、そう」

聞いた瞬間、ハーマイオニーは拍子抜ける。
ハーマイオニーにしてみれば、凄い話でも何でも無い、寧ろスネイプの恋人の名前までも知っている。
ハリーの口から『スネイプの恋人』噂話を聞かずとも、ハーマイオニーは隣で興味無さそうにラズベリーパイを頬張りクランベリーティーで細い喉を潤している少女こそが、スネイプの妙齢の恋人だと云うことを認識している。
の口から事実を聞いた瞬間は、天と地が引っ繰り返りホグワーツ特急がホグワーツに突っ込んできても尚余りあるほど驚きはしたが、其れも喉元を過ぎれば忘れゆくものだ。
から『自分の恋人がスネイプだ』と聞かされていなければハリーの話を聞いた瞬間にそれなりのリアクションを返したのだろうが、逆に事実関係を全て知っているとなれば如何感情表現を表せば良いかに困る。


「まさかあのスネイプを好きに為るような奇人が居る訳は無いわよ」と言い掛けた言葉は、喉の奥でつかえた。


最初は気まぐれを起こすにも程があると思ったものだ。
実際問題、男など選り取り見取りだろうが、あの引見根暗スリザリン寮監督を恋人に選んだ現実が信じられないのは今でも同じだ。
…いや、一番血迷ったのはスネイプだろう。
何が良くて、一回りも歳の離れたグリフィンドールの生徒なんかを、と何度思ったか知れない。


「此処からが重要なんだよ、ハーマイオニー。なんでもハニーデュークスの店員曰く、開店と同時に若い女の人に混じってスネイプが『蜂蜜のオランジェット』を買っていったらしいんだ」
「あのスネイプが、新作ケーキを買うために朝早くからハニーデュークスに並ぶ訳無いじゃない。見間違いでもしたんじゃないの?」


「僕もね、最初はそう思ったんだ。でもハーマイオニー、吃驚なことに…店員が勇気を最大限に振り絞って、
『甘いものがお好きなんですか』って聞いたら『甘いものが好きな連れが居るだけだ』って答えたらしくてさ!
それってやっぱりスネイプに【ケーキ好きの恋人】が居るって事だよね!?」

ハーマイオニーのすぐ傍らで、ごふっと妙な擬音を立てて咳込む少女がひとり。
そんな過剰反応したら気付かれるわよ、とハーマイオニーは突っ込みたかったが我慢した。


「あら別に良いじゃない。朝早くからスネイプが自分で食べる為にハニーデュークスに並んでいたら其れはそれは奇怪だけど、【ケーキ好きの恋人の為】なら素敵じゃない」

何か問題でも?とハーマイオニーは爽やかに笑顔を浮かべてみせる。
まぁ、あのセブルス・スネイプが恋人の為に態々ケーキを買いに行くと云うだけでも相当なスキャンダルだと云うのに、若い女性に混じって並んで居たと云う現実。
よく嫌がりもせずに買いに行ったものだ、とハーマイオニーは思う。幾らグリフィンドール寮とは云え、可愛い恋人のためならスネイプも菩薩のような心が芽生えたりするものなのか?


「だってあのスネイプだよ!?幾ら恋人の為だって言ったって、普段の言動から考えれば有り得ないよ!」
「でもハニーデュークスの店員は確かにケーキを並んで買ったスネイプを見た訳でしょ?」
「間違いない、ホグワーツ魔法魔術学校勤務のセブルス・スネイプ教授だって言ってたよ!」
「なら、そういう事でしょ?」

でも、とハリーはそこで一旦言葉を切る。
納得できるのだが、如何にも納得いかない。ハリーの少なくない経験の中で、「あの」セブルス・スネイプが恋人の為とはいえ、ハニーデュークスにケーキを買いに行くとは到底思えない。
其れも、朝早くに、誰か生徒に見られるリスクを背負ってまで。
可笑しい、何度考えても信じられない、とハリーが苦悶の表情を浮かべる横で。菫色の双眸が側方に流れ、そして普段の玲瓏な声調はそのままに、ハリーへ向けて囁きを落とす。


「……罰ゲーム、でもしていたんじゃない?ほら、スネイプ教授って口から吐き出した言葉は何であれ有言実行しそうなタイプに見えるし?」

手許に残ったラズベリーパイの欠片を口に放り込み、が初めてこの話題に参加した。
と、云う事は、スネイプはと何か勝負して大敗を期し、罰としてハニーデュークスにケーキを買いに行かされたのだろう。
なんとも安易に想像の付く科白に、ハーマイオニーは胸奥に吐息を零す。

「そうか!うん、きっとそうだよね。あのスネイプが好んで買いに行ったりするなんて想像しただけで、具合が………って、ゴメン!僕20時にハグリットに呼ばれていたのを忘れてた!またね、、ハーマイオニー」


壁に掛かった魔法時計を見てそう言ったハリーが脱兎の如く談話室を後にする。
喉奥にパイを流し込む様にクランベリーティーを飲みこんで、ハーマイオニーは漸く噂の中心人物の方を見た。
何のことはない。理由は如何あれ、理屈が何であれ、スネイプがの為にケーキを買いに行ったことは事実なのだ。―――開店10分で売り切れるという、幻に似たハニーデュークスの「蜂蜜のオランジェット」を。


「――――で?開店10分で売り切れるオランジェットの味は如何だったのかしら?」
「そんなたいそうなものだとは知らなかったんだってば、ハーマイオニー。
【次の学年考査で、魔法薬学トップの成績を修めたら、何でも一つ言うことを聞いてやろう】って言われたから、ハニーデュークスのケーキで良い、って言っただけなんだし」

まさか本気で買ってくるなんて思いもしなかったし、ハリーよりも吃驚したのは私なんだから、とは肩を竦ませてみせた。

「でも本当、意外よね、あのスネイプがの為にハニーデュークスに並んでケーキ買ってくるなんて。それも、態々一個ケーキのために」
「……一個?ケーキは1ホールだったよ?」
「え、まさか貴女、それ一人で全部食べたの!?」
「まさかまさか、二人で半分ずつ食べたけど?」

最近ケーキ食べ過ぎだから、控えるようにするね、と公言した約束を難なく破り。
一言くらいのお叱りに眇められるかと思っていた琥珀の瞳は、己の視界の中、大きく丸まった。
口唇の前で止まったラズベリーパイ。
タルトの切れ端が、するりと滑ってハーマイオニーのローブの上に静かにゆっくりと落下する。
本気で呆然としているような風情で呟かれたのは、が普段何の疑問も抱くこと無い当たり前の質問内容だった。


「……………………………。半分って…もう半分は勿論スネイプ教授が食べたのよね?」
「え?うん。オランジェットに合う紅茶も選んでくれたけど、それがどうかした?」


ハーマイオニーは笑顔でパイを頬張るを見ながら、思考する。
最早バラバラに砕け散った硝子を繋ぎ合せる様に懸命に、思い出す。
自分が既知している「セブルス・スネイプ」と云う人間について、ハーマイオニーは真剣に考える。
紅茶が好きだという話は聞いていたから知っては居るが、あのハリーやロンでさえ、「甘すぎる」と嫌煙しかねないハニーデュークスのケーキを、『半分も』食べるスネイプの姿は如何しても想像が出来ない。
の為にハニーデュークスに並ぶその姿も想像できないが、ケーキにフォーク突き刺して午後のお茶を楽しむ姿など、論外だ。


「………………スネイプ教授って、ケーキ好きなのね、意外と」


引き攣ったような笑みで、それだけ云うのが精一杯だった。
後日、ロンが必死に並んで買ってきた「蜂蜜のオランジェット」の現物は、1ホールといえど掌程度の小さいものだったのだが、其れを見るまでハーマイオニーはスネイプを見るたびに密やかな焦りに滲む視線を送ったとか。

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Title by リライト Written by Saika Kijyo