寂しさと愛しさの乗算 as Severus Snape

眼の前に、どこぞのタワー宜しく先週行われた魔法薬学講義での小テストの羊皮紙が積み上げられている机と対を為すように、寒冷地方の着物の水流しの様に羊皮紙を並行に散らす床。
カリカリとどちらのものとも区別の付かない羽ペンの音が静寂の中に木霊し、コチコチと秒針の音ばかりがやけに大きく響き渡る。
その最中。
床にスカートの裾を広げ寝転ぶように頬杖を付きながら、分厚い文献と睨めっこしていたが、思い出したようにタワーの向こうのスネイプに声を掛けた。


「ねぇ、セブルス。明後日ホグズミードに行った帰りに…」


キングスクロス駅で待ち合わせだったの、覚えてる?と振った話題は敢え無く相手に打ち切られた。


「明後日までにこの膨大な量の採点を済ませ、魔法省へ提出せねば為らん書類を書く。加えて、ダンブルドアから【至急】だと言われた調合薬完成の目途も立っていない。――――つまり、延期だ」

あっさりいけしゃあしゃあと告げるスネイプに、の眉目が釣り上がる。
握り緊めていた羽ペンに怒りを伴う力が籠められ、ぎち、と不快な音を立てながらペン先が破裂した。今まで苦労しながら書き進めていた羊皮紙に染みが出来るのも構う事無く、更に力は籠められる。


「………一体何度目?先月も中止になったじゃない。なら来週、クィディッチ終了後は?」
「来週は新種植物の品評会がロンドンで開催される。言ってなかったかね」
「聞いてない!じゃあ再来週は?!」
「再来週は学期末考査だ、忘れたのかね」
「………一日位良いじゃない。」
「……ミス グレンジャーに首席の座を奪われたいのか、スリザリンの首席は」


食い下がるもあっさり却下され、現在五十歩百歩であるハーマイオニーとの首席論争を持ち出されれば、は苦渋を飲むほかは無い。
現在の首席はスリザリン生であるの手にあれど、油断すれば間違いなくハーマイオニーに抜かれる。
スネイプと恋仲になる以前からスリザリンの首席だったが、スネイプと交際後にその首席を奪われるような事にでも為れば、間違いなく恋愛に現を抜かしていたからに他ならない。
最悪、別れの二文字が未来に翳るのであれば、口をつぐむほか無くなってしまう。

散々悩み漸く纏まり始めた染み付きのレポートを引っ掴み、怒りに任せてぐしゃりと拉げると、面貌を朱に染め思い切りゴミ箱へ投げ入れた。
勢い余りガコンと壁に体躯を打ちつけ静かになったゴミ箱を見詰めながら、は拗ねたように言い放つ。


「そんなに黴生えた様な植物やらホルマリンに満たされたカエルの死骸やら何に使うかも意味不明な煮干みたいな深海魚と戯れて居たいなら好きにすれば良いじゃない!
えぇ勿論、魔法省の帰りに昔馴染みの女の人に逢って魔法薬学で意気投合してバーで一夜を明かすも良し、ホグワーツ学生時代の友人と語り飲むのも良し?
良いわよ、私だって余暇を過す男なんて幾らだって居るんだから!」
「余暇を過す男?」
「えぇそうよ、スリザリンクィディッチチームのキャプテン。一昨日私に花束と一緒に告白してきたの。【彼氏が居ても構わない】って。彼にお断りしたけど、前言撤回してこようかな!」


此処まで来れば立派な嫉妬だ。其れも、他のなんでもない、仕事に対する嫉妬。
相変わらずコドモだなぁ、と自分自身では思えど、口から次々と吐いて出た言葉は留まる所を知らず、終いには浮気宣言までする始末。
だがしかし、此処で引く訳には行かない。一度位、本気を見せなければ。
怒り勢いに任せて此の侭羊皮紙を纏めて出て行こう、と手早く散らかした文献を掻き集め始めれば、視界の端に相変わらず淡々と羊皮紙の採点をするスネイプの姿が飛び込んできた。
そうして薄い唇が開き、


「好きにするが良い、お前にそこまでの勇気があるならな」


我輩が居ながら他の男と浮気する勇気があるなら、


そう暗黙のうちに一蹴されたような気がして、はカッと頭に血が上りあからさまに不機嫌の度合いを強めた。
無理矢理音を立てて文献を積み上げていくのは、最早挑発ととって相違無い。


「お生憎様、私にだって浮気の一つや二つ、如何って事無いのよ。浮気に勇気も何も無いでしょ。……其れともなに、私がセブルス以外の男に走る勇気がないとでも言いたいわけ!?」


が顔色を失い、半ばヒステリックになりながらセブルスに向き直る。
手にした分厚い、「古来生物及び植物に関する辞典」と銘打たれた広辞苑並みの辞書を、秀麗な相貌目掛けてブン投げなかっただけでも立派である。
言い返す台詞があるなら言ってみろとばかり、唸るようにはねつけた。けれど、返って来たのは、普段のセブルス・スネイプその人と何等変わる事の無い単調とした響き。


「いや、我輩も丁度探していたのだよ」
「私の浮気相手を?それともセブルスの浮気相手を!?」

此れで終わりか、何ともあっけない幕引きだったな、とは思う。
だが自分で切った口火だ。今更無かった事には出来ない。
がりっと、の口元が噛み締められて、歪む。
だがスネイプはそんなの表情をちらりと伺うことも無く、ゆっくりと一つ息を吐き出すと、


「いや、新薬の被験者だ。薬草で試したら一時間後に灰と化したがな。
なに、お前が態々報告せずとも、スリザリンクィディッチチームキャプテンが浮き足立って浮かれている場面を見付ければ済む事だ。お前に……その勇気があれば、の話だが」


其処で初めて、スネイプは羊皮紙から顔を上げる。
不敵に笑んだ様に口角を歪めた表情を視界に入れた途端、はバツが悪くなって視線を逸らすと、何事も無かったかの様に真新しい羊皮紙を引っ張り出す。
「する訳無いじゃない、浮気なんて」
と強情さながら吐き棄てたは、今までの壮絶な言い争いなど無かったように素っ気無い素振りで再び羊皮紙に文字を記し始めた。
小さな紅の唇が、微かに綻んでいたことに気付いているのは、幸いな事にスネイプだけのようだ。

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Title by ユグドラシル Written by Saika Kijyo