移り香と、甘く香る菓子の匂いと as Severus Snape

コンコン、と規則正しいノック音が二回。さして興味無さそうに一定の静穏伴った返答を返せば、古めかしい扉が重々しい音を立てて開いた。

「スネイプ教授、グリフィンドール寮のレポートをお持ちしました。」

ドサ、と砂袋が落とされた様な音を立てて大量に積み上げられる羊皮紙。
埋もれるようにして小さな相貌が漸くスネイプの視界に入れど、スネイプは少女の顔を見ることも無く手元の羊皮紙に只管に赤を走らせながら、

「其処へ置き給え。其れから…、扉を閉めて我輩に紅茶を淹れて貰えるかね」
「畏まりました。」

中性的な伸びるような声が広い魔法薬学研究室に速やかに行渡る。
ひらりとローブの裾を翻し、、と呼ばれたグリフィンドール寮監督生はさも当たり前の行動をおこす様に、手奥に備え付けられたキッチンへと姿を消した。
暫らくして、仄かに白い湯気を立てたティーカップがの手によって運ばれ、スネイプの書斎の左脇に置かれる。


「……あ、」

礼を言うのも忘れたスネイプが腕を伸ばしカップに指を掛けたその瞬間、が思い出したようにそう零した。
は普段、スネイプが礼など言い忘れたとしても何の興味も示さない侭自分のカップを手にとって、一人黙々と読書を始めるような女だ。
一体何を気に留めたのだ、とスネイプは顔をあげ、下からを見上げる。

「如何したのかね」
「……ショートケーキでも食べました?生クリームの匂いがしますよ?セブルス」

少しばかり眉間に皺を寄せ、は怪訝そうな眼差しで問うた。
セブルス・スネイプは魔法薬学教授と云う肩書きがある。現に、自室である魔法薬学研究室に立ち込めるのは、例えようもない程の草木の香りと黴た様な土の香り。
箱庭の様な小さな部屋に四六時中居座るスネイプの衣服にそれらの香りが染み付くのは当たり前のことで、実際スネイプのローブが翻れば、香草のような香りが鼻を付く。
だのに、今日に限って、スネイプの所作でふわりと舞った香りはショートケーキを髣髴とさせる甘い生クリームの香り。
生クリームの香りのする植物…バニラでもこの部屋にあっただろうか、とが部屋を一巡しても皆目検討が付かない。では何処で?と問う前に、意外な返答が返って来た。


「あぁ、ルーピンの部屋に脱狼薬を届けに行った時だろう。殺人的な甘い香りがしたからな」

ルーピンの自室に入るなり、鼻を突いたその甘ったるい胸ヤケしてしまいそうな匂いを嗅いでスネイプは盛大に顔を顰めた事を思い出した。
何時もチョコやらクッキーやら芳ばしい菓子の匂いの漂うそこは、まるで全てケーキで作られた菓子の国になってしまったかのようにな甘い甘い、生クリームの匂いがした。
一秒でも長く居座りたくなど無い、と脱狼薬半ば押し付けるようにして部屋から出たのだが、染み付いた匂いはなかなか取れるものではない。
腕を伸ばしくん、とローブを嗅げば確かに仄かに甘い香りがする。


「……移り香?色っぽいですね、教授。」
「冗談も大概にしたまえ、誰があんな狼なぞと…!」

移ったのはルーピンの匂いではない。ルーピンの部屋に大量に立ち込めた生クリームの匂いだ。
部屋に立ち入って1分ともたなかったであろうに、己の衣服に染み付いた匂いに吐き気がする。
思い出しただけでも腹立たしい、と眉間に青筋を立て始めたスネイプ余所に、はスネイプの手からカップを奪い去って机の上に置くと、首筋にそのまま噛み付いてやる。


「これが女の残り香だったら赦しませんよ?」
「ほぉ、嫉妬やら軽蔑やらの感情を君の口から聞けるとは意外だな」

彼女の整った美貌は無表情で、双眸は何の感情も無くスネイプを映している。
だが艶めいて僅かに濡れたような色味の唇が、ゆっくりと言葉を紡いで、薄らと微笑んで小首を傾げた。

「一応私も女ですから。それよりスネイプ教授、お風呂入って来て頂けます?」
「…今更面倒だ」

細い絹を寄り合せた様な髪束を作り上げる結い紐を外せば、さらりとの髪が背に流れる。
一筋掬って愛しむように唇を手向ければ、穏やかに整った黒曜石細工の薔薇の美貌がようやっと歪む。

「別に良いですよ?私は貴方にこうして抱かれている間もルーピン教授を想像するだけですから」

スネイプの剣呑な眼が彼女に向いた。
呆れた様に口は動かない、代わり、指を絡ませていた髪を滑り落とし、至極面倒そうに立ち上がる。
生クリームの香りが自分自身に付き纏っているのは聊かいただけない。だが、我慢しようと思えば幾らでも出来た。
しかし、その香りから別の男を想像する、と宜しく告げたに、スネイプの中で子供地味た感情が沸き起こる。
愛しい女を抱きながら、抱かれた女が他の男を想像するなど、スネイプとしても面白くない。相手があのルーピンと来ればなおさらに、だ。

やがて、微かな吐息をひとつ。其れに呼応するよう、が仄かに笑う。


「ルーピンが君に、とショートケーキを渡して来たのだが、それを食べながら待っているかね」
「ルーピン教授が?」
「あぁ、如何やら作り過ぎたらしいな。」

スネイプは髪を掻き上げながら応え、面倒そうに立ち上がると甘い香りが染み付いたローブを脱ぎ去り魔法で脱衣所へと連行させた。
序でにルーピンから預かったケーキを冷蔵庫から出してやれば、ゆったりと微笑んで。

「貴方の分も残しておきましょうか?セブルス」
「結構。」
「私を抱いた時に生クリームの香りで……ルーピン教授を想像したりしないで下さいね」
「………するわけあるか!」

ショートケーキ片手にクスクスと優美に微笑むに怒声一つ投げたスネイプは、望んでも居ない同僚…そして嘗ての同期の名残を消す為に、バスルームへと向かったのだった。


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Title & Written by Saika Kijyo