右から左へ。
紅いインク壷に浸っていた羽ペンを漆黒のインク壷へ。
未処理の生徒の回答羊皮紙を朱色の流麗な文字で埋め、一枚、また一枚と流れ事務作業の様に淡々と全校生徒の学期末考査テスト回答に目を通すのにも大分飽いていた最中。
正面のソファーで退屈そうに魔法史のレポートを書いていたが、バタンと明らかにスネイプに気付かせたい思いを籠めて分厚い教科書を閉じる。
「後数枚でやっと2年生の分の採点が終わる」、と呟いたスネイプの声と、「ねぇ、キスしない?」と艶めいたの声が、二つ重なるように響く。
一体今何を夜迷いごとを口走った、とを見上げれば、冷たく整った氷のような美貌で柔らかく肯定の微笑みを以って返される。
「する訳無かろう、馬鹿者」
「………仮にも恋人に対して"馬鹿者"って酷いですよ、教授」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」
「じゃあもう馬鹿者でいいですから、キスしましょうよ、教授」
「する訳無いと言っただろう」
「キッパリ即答ですか?麗らかな15歳の乙女の純情を踏み躙る気ですか!?」
「魔法薬学研究室で堂々とキスしろと脅す生徒が純情な乙女の訳在るか」
「純情な乙女が恥らい込めて"キスして"って言ってるんですよ!!第一、魔法薬学研究室って言ってもスネイプ教授が直々に難解魔法掛けた密室状態じゃないですか」
「密室だろうが乙女の恥じらいだろうが関係ない、いいか、我輩は今仕事中なのだ。明後日までに全校生徒の魔法薬学のテストを採点せねば為らんのだぞ!?」
「キスなんてそんなに時間掛からないじゃないですか。休憩も兼ねて、ちょっと一発やっときましょうよ」
「………………………………………」
落ちる暫くの沈黙。
スネイプは相変わらずから視線を外したまま、こちらを見ようともしない。
は膝に抱えた教科書を机の上に置き、書連ねて居た羊皮紙を丸めると、すくっと立ち上がってスネイプが羽ペンを動かす教卓の前に躍り出る。
「………………………何をする、」
「人質、です。キスしてくれたら此れをお返しします。」
そう言ってにっこりと微笑んだの細い指先には、二年生のとある生徒の解答用紙が挟みこまれていた。
ひらひらと左右に振るように揺らげては、挑戦的な視線をぶつけて来るこの少女に、こうやって何度も狂わされてきた。
「羊皮紙一枚採点するだけに掛かる時間、私に下さいません?」
「………………………………………」
「先程からちょっと計算していたんですが、スネイプ教授が一枚の羊皮紙を採点するのに要する時間は大体5分〜10分。
少なくとも、5分〜10分もキスし続けようとは思いませんし、この羊皮紙の採点に掛かる時間が10分だったとして、私とキスして1分を削いだとしても、残りの9分でスネイプ教授は充分にこの羊皮紙を採点できるだけの長けた能力をお持ちだと思いますが?」
「………………………………………」
「其れともあれですか?この羊皮紙を9分で採点終了させる自信が無い、とそう云う事でしょうか?」
「………………………………………」
スネイプは眉間に指を沿え、盛大に溜息を吐いて見せた。
「この無駄な会話分も差し引いて残り6分でその羊皮紙を採点してやろう。」
「判っていらっしゃいます?一分間…キスするんですよ」
「判ったからさっさと無駄口閉じたまえ」
憮然とした声が振って来て、スネイプと同じ様に眉間に皺を寄せたが一言言い返そうと開いた薄い唇は、スネイプの唇によって塞がれた。
腕を伸ばし小さな頭を腕の中で囲い込む様に掬っては無理矢理口付けるような荒々しい口付けに、の絆された身体は強請る様にスネイプを求めた。
吐息の合間に舌を入り込ませれば白い咽喉が甘く鳴り、度もきつく絡め取って熱を煽る。
漸くスネイプの唇から開放された頃にはキッチリ1分間が経過しており、熱に視界が眩み呆然と陶酔するを尻目にスネイプは、指先から羊皮紙を奪い去ってはまた同じ様に採点を始める。
「…………スネイプ教授、この続きを勝ち取るためには何枚くらいの羊皮紙を人質に取れば良いでしょうか」
の言葉にスネイプは、何処か困り果てたような響きの溜息を、一つ零して答えとした。
だが其の溜息の真意は他にある。
こんな些細な挑発にも乗せられてやりたくなる程、全く、如何しようもなく我輩はこの年端もいかぬ子どもに惚れているのだと知らしめられた所為だ。
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