あれは素直に欲しいものが言えない子だ as Severus Snape

最近面白い物を見付けた。…と言っても、珍種の植物や絶滅種の薬草等ではなく、ごく普通にホグワーツで学生生活を送っている生徒の独り。
スリザリン寮6年名をと云う少女と我輩が知り合ったのは丁度一年前の夏。尤も、スリザリン寮生ともあって、講義で見掛ける事は多々有ったが、実際 に会話を交わすには至らず、我輩の眼にも一風変わった東洋の秀才魔女と云う有り触れた印象しか残っていなかった。
そんな我輩ととが言葉を交わす切欠に為ったのは、がスリザリン寮監督生に為った事が全ての始まりだった。

「スリザリン寮分のテストの解答用紙をお持ちしました。」

案の定、本日行われた5・6年生の学期末考査の答案用紙は監督生であるが持参してきた。
下級生に運ばせれば良いものを、律儀に自分の手で運んでくるところがいじらしい。他の生徒からは極力避けられる我輩の存在、知ってか知らずか、は我輩 の顔を見ると歳に似合わぬ稚い笑いを零す。

他の寮・他の学年の答案で溢れ返る室内、持参した答案を何処へ置こうか、とが小さなかぶりを振っている。

「其処へ置いておきなさい。」

唯一空いている我輩の隣の袖机を示せば、腰に届く程の漆黒の絹髪が幼女の背で軽やかに弾み。
ふわりと仄かに馨る涼しい香り。麝香のように咽に絡む事も無く、しかし此方の意識は完全に絡め取ってしまうような蠱惑的な芳香だ。
この香りに慣れてしまうほど、多くの時間をはこの部屋で過ごしている。

華奢な両の手で抱えた羊皮紙を小奇麗に積み上げ、採点し易い様に学年アルファベット順に並べ替えたは、手を休める事の無い我輩に視線を投げた。

そろそろ、頃合だろう。

「あの…スネイプ教授、温室の具合を見て来たいのですが、鍵を貸して頂けますか?」
「温室は我輩が今朝見てきたばかりだが?君が懸念していたアメリシウムも見事に再生していたが、他に何か気になる点でもあるかね。」
「いえ、でしたら構いません…あ、でしたら魔法薬貯蔵庫は--------------
「魔法薬貯蔵庫は先程スプラウト教授が使いたいといって鍵を貸したばかりだが?君も用事があるのかね」
「えーと…その、特にはありません…」

実に面白い。ころころと表情を一喜一憂させるさまは、宛ら百面相を見ているようでもある。
言いたい事は他にあるだろうに、確信に触れぬ様に彼是画策するを見るのは酷く愉快で心地が良い。
少なくとも、講義の中で見せていた『優等生』のとは掛け離れている。スリザリン寮監督生である彼女は、其の名に相応しく清冽優艶に物を言い、耐え ず知識の泉が溢れ出る様に明晰な頭脳は我がスリザリンの誇りだ。

だが、実際の彼女は自分の心内の言葉一つ言うのにすら策を練らねば為らぬほどの臆病者なのだと、ある日知った。其れはが唯の監督生から我輩の女に昇格 してからも変わることが無いのだから、笑うしかない。

「--------------如何した、我輩に何か用事でも?」

絶えず走らせていた羽ペンを机の上に置き、椅子背に凭れ、ゆっくりと眺め遣るように視線を投げてやる。
応える様、が顔をあげる。空気に流れる柔らかい髪、薄く香るの蠱惑的な印象が、が纏う空気を思い出させて、胸がざわめくのを落ち着かせる。
二週間ぶりか、この感覚を味わうのも。

「あ…何か、ご用は有りませんか?二週間も監督生業務を怠ったのです、若しかしたら教授にご迷惑を、」
「いや、特に不自由はしていないがね。別に君が監督生業務を怠った訳では無いだろう。学年考査であれば必然的にこの部屋に入ることも叶うまい」
「そう、ですね。…でしたら、私は此れで失礼--------------


(まこと、素直に欲しいものが言えぬ子どもだ、一言、言えば良いものを)


背中で椅子の背が悲鳴を上げている。だが其れ以上に、にキツク握り締められたローブが引き千切られると助けを求めていた。


「……だが、我輩個人的には実に不自由だ。何故か、判るかね。」
「……此れから膨大な量の解答用紙の採点を行うから、でしょうか。」
---------------不憫に思うなら紅茶の一つでも淹れてくれ、二週間も君が淹れる紅茶を飲めず、況して君が この部屋に尋ねてくる事も無い、我輩にしたら実に不自由な生活を強いられたのだ。少しくらい…我輩が甘えても罰は当らんだろう、?」

「紅茶……今直ぐ、淹れますね。」


鼓膜を揺らすのは、嬉しそうに紡いだの本来の音。稚く耳に甘い健やかな子どもの、透き通った声。
ぱたぱたと駆けて行った足音を聞きながら、ゆっくりと羽ペンを握り、再び執務を遂行し始める。
今日中に終わらせねば為らぬ採点、一秒でも早く終えさせて、と共に在る時間を作らねば為らない。
そう考えれば、普段以上に疲労感が齎されるが、其れでも手先が進んでしまうのは否めない。

なにせあの子どもは素直に欲しいものが言えない子どもなのだ。
取り敢えず、我輩の二週間分の想いを受け取って頂く為の時間くらいは、自分で作るとしよう。

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Written by Saika Kijyo Title by リ ライト