此れも未だ昌浩どころか晴明と若菜が夫婦と為ったばかりの、木々の花蕾も未だ綻ぶ萌しも無い、春の初めのことだった。
晴明の遣いを受けて偶々勾陳が安倍家から少しばかり遠くの都へと足を運んだのが、未だ朝露が僅かばかり残る暁の刻。
然程難を作る頼まれ事でも無かった所為か、昼を過ぎて丁度太陽の光りが人間の身体に心地良い温度で降り注いでくれる頃合に、勾陳は若菜に頼まれても居た根野菜を携えて安倍家の正門を潜った。


「…………これは此れは」


先ずは若菜に根野菜を手渡そうと玄関への道を真直ぐに隠形しながら歩いていた勾陳は、庭と面した垣根付近の縁側の大きな大黒柱に似た柱の袂で、見知った者が転寝をしている事に気が付いた。
はじめの内こそ、晴明の様に眼を閉じて瞑想にでも耽っているのかと思ったが、勾陳が見知った彼の普段の素行を考えれば、有り得ない事だった。
もし仮に有り得たとするなら、其れは隠形しながら人間界に居る時や姿現して人間界に居る時ではない。気配を切った侭異界に閉じ篭る時だ。


其れが、如何して。
思いながら空を見上げれば、柔らかい春の陽光が勾陳を照らし出す。
あぁそうか、と一つ納得し、もう一度薄い瞼落してささやかな睡眠を貪る彼を見ては笑いを押し殺して、足早に玄関を潜った。















レプリカエデン




SideStory :If you wake up, I will be there.







、ちょっと来て見ろ、面白い物が見れるぞ」



玄関から真直ぐに若菜が夕餉の仕度をしているであろう台所へ足を運べば、勾陳が次に向おうとしていた存在が微かに表情を崩しながら晴明の妻・若菜と談笑していた。
まぁ談笑と言っても若菜が一方的に喋る話をが欹てて聞き、一言二言返しては、また若菜が話を続けるという妙な会話だったが、それでも十二神将と会話をする事の無い普段の若菜からすれば談笑と相間違いない。


そんな二人の間を割って入るのは余り気の良い事ではないと勾陳も理解していたが、丁度話が一区切りついた風体だったので、根野菜を若菜に手渡し……等出来る筈も無く、出来るだけ若菜から離れた、勾陳が今立っている戸口の敷居に置く。
微かな神気でさえ過敏に反応しては身を竦める若菜にとって、晴明ら人と同じ様に接する事が出来るのは、意外にも阿修羅の御子であるだけだ。
其れはが若菜に渡した勾玉石の威力が働いているからである。の凄絶な神気を感じ取っても浄化する様に若菜へ伝達させぬ其れは、同じ様に十二神将にも有効な筈なのだが、嫌悪してきた期間が長かったか如何も心は許容しても身体が竦んでしまうという後遺症が出た。
勾陳はそんな若菜に気にする事も無く当たり前の様、以前と何等変わりなく接する為、若菜は気が引けて何時も何度も謝ってしまう。

仕方の無い事だが、慣れた身体を元に戻すのは結構苦労が必要だ。だから敢えて十二神将は若菜に無理強いをさせる事無く、今まで通り必要最小限にしか若菜の傍へは行かないようにしていた。



「如何した、勾陳。面白い物とは」
「私が知っている中では前代未聞だ。早くしたほうが良い、もう二度と見れなくなるかもしれないからな」



より一層口許を深く綻ばせながら、勾陳はひらりと身を翻し、若菜と視線を合わせる事無く台所の戸口を出て来た道を戻っていった。
やれやれ、緩く息を吐き、重い腰を上げたは忘れ物の様に置かれた根野菜を若菜へと手渡してから、しきりに礼を述べる若菜に去り際ひらひらと手を振って応え、後ろを追った。



「あれ、だ。―――――――如何だ、前代未聞だろう?」



辿り着いた先、三十歩にも満たない距離だが、若菜との居た台所と縁側は間逆の位置に在る為にはその光景に気が付かなかった。

「確かに、前代未聞だな、勾陳」

十二神将といえど寝る事もあるのか可笑しな生き物だな、と、けれど言葉の内容とは裏腹に涼しい顔では笑い、黄金の双眸が其れを仰いだ。
映し込むその瞳には愉しげな色がありありと湛えられている。
見据えた先、空の雲間から虹色にも似た光が入り込んだ縁側の大黒柱に背を預ける形で胡坐をかき、普段から不機嫌そうな表情を浮かべて消すことの無い彼――――――十二神将・木将青龍が透った頬や薄蒼色の髪を風に揺らしていた。



「………此れは寝ているのか?つーか、十二神将とも在ろう者がこんな無防備に寝ていいものなのか?」
「多分、疲れてたんだろうな。大方、の帰りを待っていたが待ち草臥れて……」
「………待ち草臥れて?仮にも十二神将が、どこぞの女みたいなヤツだな、宵藍。」



互いにのみ聞こえるような密やかさで、受け答えが交わされる。
忍ぶ様に神気を消して転寝をしている青龍の前まで遣って来ても、微少に残る気配の残滓すら感じ取れぬほど、青龍は夢の中へ旅立っているらしい。現に、が青龍の眼前で掌を二・三度振り下ろしてみても、瞼が戦慄くどころか指一本動かす気配は無い。
一瞬魂でも抜けているのかと思ったが、微かに上下する逞しい胸が其れを真っ向から完膚なきまでに否定した。
黄金の双眸が側方に流れ、そして愉快で仕方が無いと云う声調は其の侭に、睡眠を貪る青龍へ向けて囁きを落とす。


「――――――――――宵藍」


ぴくりと眉根一つ微動だにしない。
実は、随分と前から勾陳とに気が付いていたが起きるタイミングを逃し狸寝入りでもしているのだろうかと思ったが、狸寝入りがしたいのならばさせて置けば良い。
射し込んで来る春の陽光が余りにも穏やかで、傍らでは其の恩恵に肖って眠る青龍が居れば、も何だか妙に眠気に襲われた様な気がした。
十二神将と同じく、普段余り人界で眠る事の無いでは在るが、時は昼過ぎ、夕餉には若菜が起こしに来てくれるだろう。楽しみにしている夕餉を逃すことも無い。
況して、今日は晴明も居る上に、勾陳も騰蛇も太裳も朱雀も居る。自分が転寝した位で引っ繰り返る様な安倍邸ではない。


は薄い紅でも引いた様に色付いた口元に、ふっと苦い微笑みを浮かべた。



「勾陳、寝る」
「……寝る?」



聞き返すが遅く、纏っていた群青の外套を廊下へ放ると、は其れだけを短く発し、そうして、転寝をする青龍の隣へと腰を落した。
あぁ、青龍が転寝している事に同調しようと云う訳か。
大方同じ様に、空いた柱に頭を預けて眠るのかと勝手に思っていた勾陳は、眼の前で繰広げられた光景に眼を見開いた。
そうして、勾陳の細い指先が自身の眉間に触れる。自然と口元に浮かんだのは、愉しさを隠すつもりは毛頭無い確かな微笑み。


「…………これは此れは、もっと面白くなったぞ」


肺の底から放たれた吐息は、そのまま木目美しい天井へと上り染みこんでいった。
は棚引く打掛を気にする事も、床にだらしなく垂れ落ちる見事な漆黒の絹髪を案じる事も、仮にも女神がはしたない真似をと思案する事も、全部ひっくるめて思う筈など無い侭、華奢な体躯を廊下に投げ出し、小さな頭を胡坐かいた青龍の上に乗せると薄い瞼を閉じた。




………誰が見ても判る、膝枕、である。



普段は女の太腿の上に男が頭を乗せ、が主流だろう。少なくとも勾陳はそう思っていた。
だが眼前で繰広げられた、余りに二人に似合い過ぎる情景に、端々に滲むにやついた表彩を隠し切れない。
青龍が独りで転寝をしている様も其れは其れで面白かったのだが、勾陳個人としては、青龍がに膝枕をしてやっている事態が愉快で為らない。
大方、青龍の膝の上に頭乗せた当の本人も愉しさを隠すつもりは毛頭無いのだから、余計に性質が悪い。
さてさて、この状況を誰に伝えてやろう。
があの青龍を膝枕にして眠っている」と伝えれば、驚かないのは天空と天后位だろう。紅蓮なんかは眼を見開いて真っ先に拝みに来るだろうな、と差して遠くない未来絵図を描いては苦笑する。


そうと為れば早い方が良い。
取り敢えずが風邪を引かぬように、と投げ置いた群青の外套だけは掛けてやろう、と今日ばかりは外套一枚取る所作でさえ慎重さを湛えている。
音を立てぬ様に、暫しの儚い夢の世界へと身を投じたを案じ、静かに、静かに。
まるで眠った赤子を起こすまいとする、それぐらいの繊細さを含ませた一動だ。


だが、群青の外套をの身体へ掛け置いた矢先、今まで固く閉じられていた筈の青龍の瞼が開く。
そうして己の膝の上で安らかな寝顔を浮かべ、優麗な黒髪を散らせて居るを見詰める様に眺めていた。


矢張り起きていたのか、為らば如何してもっと早くに眼を覚まさなかった、と問いかけようとした勾陳はおや、これは、と心持ち双眸を見開いた。
仰いだ先の双眸は綺麗な弧に変貌していた。
愛しい人を見詰める様な柔らかい…とまでは到底行かぬが其れに近い眼差しでを見詰める青龍に、勾陳は嘆息する。



「…青龍、お前」
「夕餉まで、だ。酷く疲れた顔をしていたからな、大方天界に戻っても寝ていなかったんだろう、馬鹿が」


なるべく背に面を寄せるようにして身をずらせ、微かに身じろぐの流れる様な髪に指を掬わせ、青龍は平静な様で勾陳を振り返った。
密やかな囁きを落とすように青龍は言葉を綴る。「邪魔をするな」と短く据えて。

勾陳は青龍の言葉に、深い溜息を以って返した。
呆れの其れではない。言われなくとも邪魔はし無いさ、青龍お前にだけなら未だしも、に嫌われたく無いからな、と視線だけで言葉を述べた勾陳は、暫くの間人払いをすべく晴明の部屋へと向って歩き出した。
あそこには大概の十二神将が居る。彼等に告げれば間違い無く好奇心旺盛野次馬根性丸出しで見納めに行くだろうが、が望まぬと在れば皆留まる事だろう。






「だが青龍、何も事情を告げずに説得など、不可能だからな?」


去り際、ほくそ笑んだ勾陳の口の端が、至極愉しげな様で吊り上がっていた。




























(青龍の膝で転寝がしたいです。逆ではなく、青龍の膝の上で…!)
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/8/14