優しすぎて傷を負っていたのを忘れてしまった as Draco Malfoy

まるで本当に地獄の業火にでも焼付くされて居る最中の様に、身体全体から熱さが消えず、浅く荒い呼吸ばかりを繰返しては、息継ぎの出来ない魚の様に醜く喘いでいた。
幼い頃一度引いて以来全く引いていなかった風邪を引いたのだ、と知覚したのは、既に意識朦朧とし掛け、鎮痛剤と解熱剤と安眠魔法を施されて無理矢理に眠らされた後だった。

しゃらん、と簪の澄んだ音が響き、脳が覚醒するよりも先に心が動いた様にふっと覚醒し、開いた瞼の先に居た人物を認めて、僕は高熱で倒れた身にも関わらず反射的に飛び起きた。


、如何し――――――」
「駄目だよ、未だ寝ていないと。熱が下がった訳じゃないんだから」

薄紫の瞳をやや眇めて、はベットの隣に膝を折ると、ずり落ちた冷却タオルを僕の額に置きなおしてくれる。
如何して此処に居るのだろう、と未だ半分位朦朧とする意識の中で思考すれば、何の事は無い単純な理由に行き着いて悪態を吐きたくなった。
今日も母であるナルシッサはの妹君との父君と、婚礼の為の準備を進めている。
確かヴェールとブーケを選びに行くのだと言っていた気がするが、余り良く覚えていない。
ナルシッサが家に居ようが居まいが、休日ともなればは当たり前の様にこの家へ遣ってきて、当たり前の様に父の部屋で時間を過ごす。内密とは言え、僕の婚約者であるとは言え、二人は恋人同士なのだ。
今更咎めるどころか承知し其れでも、と納得したのは他でも無い、僕自身だ。

…そのが、如何して今日に限って僕の部屋に?と浮かんだ疑問を言葉に出さず、より近くなったその相貌を横臥したまま仰ぎみる。


「吃驚したよ、朝食の時に行き成り倒れるんだから…大丈夫?働きすぎじゃない?」
「……そういえば、禄に寝てなかったかもな。」
「でしょう?今日はゆっくり休んで熱を下げてね」
「いや、でも未だ仕事が残って…」

台詞を吐い起き上がろうとすると、に毛布の上から容赦無く阻止された。

「ルシウス様も明日にしろって仰ってたから大丈夫よ」

誰が運んだのかは容易に想像が付くが、自分の部屋でベットに寝かせられているというのに傍らにが居るという事が如何しても不思議で為らなかった。
身に掛けられた毛布は、眠りに落ちていた僕の温度が既に移っており、仄かに残る温もりの感触が心地良くて、再び眠りに攫われそうになる。
怠く熱を帯びている事も手伝ってか、寝ろ、と言われれば素直に眠りに落ちることが出来る。
だが僕は振り落ちてくる睡魔を必死に払い除けながら、許されるのならば、もう少しと話がしたい、と無理矢理に言葉を捜した。


「如何して…」


僕の傍に居てくれるの、なんて情けない科白を吐けはしなかった。
幸いにもに言葉は聞こえていなかったらしく、熱で咽喉が渇いただろう自分の為に冷えたグラスに冷えた水を注いでくれている。

如何して君は僕の傍に居てくれるのだろう。
風邪を引いたから?熱を出して倒れたから?もうじき妻と為るから?

……父上に、看病でもしろ、と言われたから…?

熱で意識が朦朧としている所為か、浮かんでは消えて行き聞くに聞けぬの動機に苛立たしさが募るが、そんな自分の感情すらも、僕は腹立たしいと思い始めた。
気泡の様なふつふつと湧き上がる感情は、嫌いだ。
酷く制御が難しいと感じる瞬間から、もう既にのめり込んでしまっているからだ。
連鎖的に幾らでも底無しの様に湧き出してきて、抑えようとする努力すらもかえってその感情を意識し、逆効果になってしまう。
どうせならば無感情に為れれば楽なのだろうに、と最近は本気で思う。
だが、


「何か欲しいもの、ある?お腹が空いたのなら、お粥を貰ってくるけど…」
「要らない」
「……熱が下がらないみたいだから、もう一回冷却魔法施して貰って…」
「………何も、要らないから、」


そう告げて立ち上がろうとしたの手を、僕は柔らかく捉らえ、そうして告げた。
熱に魘された所為にして、朦朧とする意識が全ての根源であると皮肉地味、「此処に居て」と懇願の様に。
まるで棄てられた女の様に女々しく乞うように。
僅かに見開かれる薄紫の双眼をしばし見つめ、僕は苦笑を浮かべる。

これ以上嫌われる事は有っても好かれる事など永遠に有り得ないのだ。其れならば、と、其の侭。
ぐい、と勢いつけての身体を己の上へ手繰り寄せた。
柑橘の馨りが鼻腔を擽る。
愛している人がこんなにも側にいるのに、今だけは僕の為に傍に居てくれていると言うのに、どれだけ願っても僕のものには為らないと判っているのに、


涙が流れそうな程、苦しくて辛くて寂しくて悲しくて、何一つ幸せを感じられない様な境遇に居ると言うのに。
足元が崩れていくような絶望の中で必死にもがいているような愛だと言うのに、其れでも幸せだと感じてしまう僕の心が、
僕には判らない。


と共に居たとしても、其の愛情の矛先が一生掛けて向かなかったとしても、それで離れたら幸せになれるなんて絶対思えないから。


「お休み、ドラコ。」


額に触れるだけの口付けを貰い、おやすみ、と。半ば眠りにとろけた風情で嬉しさを誤魔化し僕は呟いて、抗うこと無く眼瞼を閉ざした。


傍に居てくれると言うのが例え僕を眠らせる為の嘘であっても、目醒めた時に最初に感じ取れるのが、君の温度であるように。
唯其れだけを願って、深遠の眠りに身を委ねた。

[ back ]

Written by Saika Kijyo Title by ROREIRA