ずっと二人で…







ずっとずっと、独りで生きてきた。
あの絶望と嘘濁に塗れた薄汚れの世界を生きてきた過去を背負う身として、容赦無く主に反逆の狼煙を上げる者を抹殺してきた己に正義等無いと哂って。
護りたかったモノ等何一つ無く、失うモノも何一つとして無かった。
だから誰彼と無く己に杖を向けるモノが現れたところで、死に対する恐怖等微塵も感じては居なかった。
目の前で死の呪文を詠唱されようと、刹那に訪れる死の淵に足を踏み入れかけてる状態に在っても、思い出し心の支えとなるような愛しい人間の顔が脳裏に沸かない。
誰にも心を与えず、愛すると云う当たり前の行為でさえ行えない侭、自分だけを見てきた証拠。
此の侭誰一人として愛する事無く、暗闇に身を沈めた侭でも構わないと本気でそう思っていた。
主の為に、其れだけが自分を支える理由で、一番大きな存在意義だった。
しかし何故だろうか。
アルバスに救われ久方振りに払暁の光りを見た刹那に脳裏に過ったのは、此れから如何罪を贖って生きて行こう等の類の其れでは無かった。
愛しい人間等誰も居ないとそう思っていたのは自分に言い聞かせる為だけの口実で、実際真っ先に浮んだのは独りの女。
ずっと独りで生きてきた。
だから此れからも…ずっと独りで生きてゆくのだと、其れが贖うべき罪だとそう思っていた。










先生、此処教えて頂けますか? 」

先生明日の休日、一緒にホグズミートに行きませんか? 」

先生の学生時代って、如何だったんですか? 」










口を開けば次々と湧いて出た様に魔法薬学新人教師の名を口にする愚かな生徒達。
休み時間である事を良い事に、普段であれば講義終了の合図と共にそそくさと荷物を纏めて足早に教室を去っていた者達は今は誰一人として駆け出していく者が居ない。
それどころか、或る一つの机を囲むようにして机の主を取り囲んで我先にとばかりに質問攻めをする始末。
笑い声等聞える事の無かった魔法薬学の教室が一変、談話室宛らの雰囲気に包まれ、耳障りな事この上無い。
今日の講義は此れで終了となる為に早々教室に鍵を落して、余暇を過ごしたいと思えば思うほど話は二転三転終る兆しすらない。
最も、この相手をしている教師が悪いとの見方も有れど、直に生徒達は次の講義へ向かわなくては為らない。
後暫く辛抱すれば良いだけの事、と何時の間にか酷く甘くなってしまった自分に自分で嘲った。










「 眉間に皺ばかり寄せていると…取れなくなってしまいますよ? 」


「 余計な世話だ。第一、お前が奴等を教室から早々に追い出せば済む話であろうが。 」


「 そう思うなら如何して注意しないんですか、セブルス? 」


「 …、此処では名を呼ぶな。 」










授業で使った磨いたばかりの大鍋を片付けている最中、生徒達を見送ったが声を掛けてくる。
先程の生徒達に見せたのと同じ柔らかな笑みを浮かべたは、袖を捲り上げると自らも鍋の片づけを手伝い始める。
重いから良い、と幾ら説得しても聞き入れる事の無い頑なな性格は、ホグワーツ在籍時代から何一つとして変っては居なかった。
名の知れた東洋の家の独り娘であるが、このホグワーツに魔法薬学助手として赴任して来てから半年が経とうとしていた。
魔法薬学に綺麗な女性助手が来る、と云う話は生徒達の噂話から我輩の耳に届き、拒否を直談判する為にアルバスの元に向かった際にと再会した。
魔法薬学助手として赴任してきたは、ホグワーツ学生時代の我輩の後輩。
は他人と距離を縮める事の少なかった我輩が、唯一心を少しばかり見せた稀な女でもあり唯の一度だけ向けた恋慕の対象でも在った。
思いを告げることすら無かった学生時代、卒業してから今の今まで再会する事が叶わなかったけれど、赴任して来てから一気に状況が変る。
心の奥底に仕舞い込んだ嘗ての恋慕が、出してくれと言わんばかりに膨れ上がって硬質な音を立てて弾け飛んだ。










「 呼べって言ったり、呼ぶなって言ったり…相変わらずな性格ですね。 」


「 部屋で二人きりの時に呼べ、と我輩は言ったのだが? 」


「 …今は鍵の掛かった魔法薬学教室と云う部屋に二人きりですが? 」


「 …お前には常識と云うモノが無いのかね? 」










相変わらずな性格に深い溜息を吐きそうに為る。
だが其れも、幼い日々の面影残る陽だまりの様な笑みの前では無残に砕け散る硝子の破片と同じく完全形を形成する事は在り得なかった。
憎まれ口を叩きながらも無邪気に笑い、周りに居る者に文字通り【幸せ】の安らぎを与えるのは過去も現在も変らぬ侭。
温かなモノにだけ包まれてきた様に見えるその姿も、漆黒の瞳の其の奥に深く根付く闇色は自分の経験してきた其れに酷く似ていて、意地を張った言葉ばかり投げて来る癖に時折見せる寂しそうな眼差しが痛い程で。
再会した夜に、瞳に涙を溜めながら告げてきた告白は酷く心を占拠し今も忘却する事を許されはしなかった。
唯の一度だけ見た泣き顔、細い指先に指を絡めて、無言の侭震える彼女をこの腕の中で抱き締めた。
辛い過去を経験してきたのは我輩だけではないと、表面に笑みを浮かべて簸た隠しにする方がどれだけ辛いかを思い知らされた瞬間だった。










「 ではスネイプ教授、夕飯まで学会に提出する資料に眼を通して頂けませんでしょうか? 」


「 …其れは此処ではなく自室で、と云う意味かね? 」


「 お好きに捉えて下さい。 」










小さな子供の様に無邪気に笑うその微笑に、何度救われたか知れない。
毎夜の如く訪れていた悪夢とは言えない過去の延長線を描いたモノに囚われる苦痛に、自責の念が日毎夜毎に増してゆく気がしていた。
絶望の淵に立たされて、這い上がる切っ掛けをくれたのがアルバスである事は間違い無い。
けれど這い上がった処、行き着く先が地獄である事に沿う変わりは無いのかも知れぬと気紛れな心を抱えて登ってやった。
支えてくれるモノ等何一つ無く、支えて遣れるモノも何一つ無い。
一方的に摺り堕ちる天秤の平行性を保ってくれたのは紛れも無くの存在だった。
学生時代、何時でも傍に居て笑顔と安らぎを与えてくれた。
今も変らずに其れを望むのは莫迦げていると嘲った日々に、過ぎたる再会。
に出逢う迄は文字通り無感動無感情に過ごしていた、予想だにしなかった再会を果たしたのは、そんな渇望の日々の中。










「 学会に提出する課題…如何し様かと悩んでるんです。 」


「 悩む?お前が、かね?きっと明日は槍が降るな。 」


「 …じゃあ、セブルスなら何書きますか…っ!? 」










僅かな灯かりだけを燈した自室。
空には弓を張った様な月と硝子欠片の様な星だけが僅かに見えた。
射し込んで来た月明りが漆黒の髪を照らし上げて、酷く扇情的にを照らし出した。
甘い雰囲気等一切皆無のこの状況、我輩とが恋仲に有る等と誰が想像出来るだろうか。
独りは眉間に皺を寄せて憤慨宛らの表情で羊皮紙を突き出し、独りは其れをからかう様にマトモに相手もせず一瞥する様に其れを見るのみで。
必死に心の均衡を保とうとするを横目で見ながら、何をそんなに怒る必要があると羊皮紙を摘み上げれば其処に書いてある内容に深い溜息を吐いた。



【 死の妙薬を作れと命令された場合 】



有無も言わさず、嘗て魔法薬学を志し、其れを利用された者に対する最大の屈辱を述べる意図が取れた。
知らず知らずの内に、己の作った妙薬を死に到らしめる其れに使われてしまったの心の闇を、再び抉り出すかの様な仕打ち。
強張った侭の表情は、精一杯の威嚇に見えて、錯乱し掛けた内心の怯えを現していた。
瞳から雫が零れ落ちるのではないかと揶揄した一瞬の隙、開いていた距離を一気に縮める様に詰めて遣る。
肩に手を掛ければ震えが微かに伝わって、どれだけの恐怖を味わおうと決して逃れる事の出来なかった嘗ての自分が諭す様に言葉を口にした。










「 今更、であろう? 」


「 …如何云う…意味ですか? 」


「 其の様な日が仮に来たとしたら、羊皮紙付き返して一言言えばいい。
 昔の自分ではないのだ、と。 」










温度の低い冷たい声色が静まり返った部屋に響いた。
薄く開いた唇から何かの言葉が毀れる寸前、口封じの意味を篭めて、口付けを落とした。
何時でも傍で安らぎと笑顔をくれた嘗ての君を取り戻す為なら、誰にでも切っ先を向けるだろう。
抱き締めた恋を離したくは無いと永遠の祈りを捧げたあの日から、叶う事の無い祈りとなって再会の日まで過ごしてきた。
二度と戻ることは出来ない、二度と戻す事は出来ない後悔と失念の中、この先だけは哀しい笑顔をする事が無いようにと細い手を握り締めた。
変える事が出来ぬ過去を悔やんでも、もう遅い。
そう教えてくれたのは唯独り、だからこそ君をこの手で護りたいと今ではそう思う。










「 だからお前は此処に居ればいい。余計な事など何一つ考えず、我輩の隣に居れば良い。 」










ずっとずっと、独りで生きてきた。
あの絶望と嘘濁に塗れた薄汚れの世界を生きてきた過去を背負う身として、容赦無く主に反逆の狼煙を上げる者を抹殺してきた己に正義等無いと哂って。
護りたかったモノ等何一つ無く、失うモノも何一つとして無かった。
此れから先も、そんなモノは一つとして無いとそう自負して、生きてきた。
再会を果たしてから、腕の中に抱いた愛しいヒトを護る為ならば命さえ投げ出せると平気で口に出せる自分に自分で驚愕して。
一瞬の戸惑い躊躇さえ無く、伝わる温もりを手離す事はもう二度としないとそう誓う。




幸せに為ると云う行為が許されるのだとしたら、君と二人生きてみたいと一度だけ伝えた事がある。
絵に描いた様な幸せに憧れた訳でも無ければ、其れを望んでいる訳でもない。
唯、日々繰り返される当たり前の生活の中、君が居てくれたら其れで【幸せ】だと。
君と二人で生きられるだけで幸せなのだと、柄にも無い考えが心を占拠して。










先生、スネイプ教授と結婚するって本当ですか…!!? 」

「 あの引見根暗厭味贔屓教授と如何して先生が!? 」





「 セブルスと二人でね、生きて行こうって決めたの。 」










二人で居る事が凄く幸せだから。
そう言って微笑んだは酷く幸せそうで、生徒の落胆の声を浄化する様にスネイプの心に響いた。



2人抱きしめた恋を 離せずに永遠の祈りを あの日あなたに出逢わなければ 愛しさも知らないままに
切なさも恋しさも何もかも 分け合いながら夜を越えて ずっと2人で生きてゆこう 幸せになれる様に














後書き

さとうさんに捧げるスネイプ夢です。
 ・ セブルス・スネイプ(教師)
 ・ 学生時代の後輩。魔法薬学助手として赴任してきた新人教師


如何しても甘々に出来ませんでした…(泣)。
私の中でのこの曲のイメージが、【根底に哀しみが有って其れを乗り越えて二人で幸せになろう】というのが有りまして、結果こう言う微妙な夢になってしまいました。
うーん、この曲で夢を書くのはやっぱり力量が及ばなかったと反省。が、しかし個人的に最後の台詞を言わせることが出来て満足だったり(苦笑)←自己満です(汗)。




(C) copyright 2003 Saika Kijyo All Rights Reserved.