心の奥底に響く懐かしく優しい声色は 決して思い出す事等出来無いと言うに何時までも消えずに残っていた
必死に思い出そうとしても 靄が掛かった様にぼんやりと視界が歪んで あと一歩と言う所で何時も眼が覚める
夢の中でなら 彼方に置き去りにしたあの優しい声の主に出逢えるのだろうか
優しく 愛しげに己の名を紡いで 恋慕に満ち溢れていたと 覚えても居ない心が痛嘆に暮れて
名を呼ぶのは一体誰なのか 其れは遠いようで近いようで 耳の奥から聞こえたようで 空からのようで
私の事を知っていると言うのだろうか そうだとしたら教授えて欲しい 誰かをずっと探しているそんな気がするのだけれど






ヴォイス






相次ぐ【裏切り者の抹消】と云う裏俗世名称の付いたその行為が私の身にも及ぶ事に為ったのは一年以上も前の話。
魔法省からの帰り道に偶々歩き慣れた道を歩いていた矢先、一軒の花屋に立ち寄った。
其処で、ドライフラワーに最適だと勧められた花束を買った記憶が薄っすらと片隅に残っている。
誰かに贈る為のモノだったのか、其れとも気紛れで買ったモノなのか、其の華に抱かれる様にして私は道端に倒れた。
背後から忍び寄る様に襲来って来た黒い影は、致命的な傷を私に負わせて其の侭彼方に消え去ったという。
憶えているのは其処までで、奇跡的に意識を取り戻した私は命と引き換えに全ての記憶を失っていた。
あれから一年余り、心に何時も引っ掛り忘れることの出来ない柔らかく優しい声が脳裏に響き渡っている。
私の名を紡ぐその旋律、自分が誰かも思い出せない程の記憶障害に陥った私に少しずつ戻ってくる記憶は望んでも居ないものばかりで、思い出したい記憶ほど後回しにされた様に靄が掛かった侭。
ずっと捜して居るのはあの優しい声を持つ、多分私にとって酷く大切な存在のヒト。










「 …雪…か 」










並木道を歩けば、空から零れ落ちた様に粉雪が舞い降りる。
夢現の生と死の狭間、天使と云う存在が在るのだとしたら彼等の持つ羽は此れよりも何倍も白く綺麗で、軽く柔らかなのだろうと空を見上げた。
刹那、此れは昔誰かが話してくれた様な気がすると脳が勝手に思った。
この様な事が、目覚めて以来引っ切り無しに訪れてくる。
脳が追いつかない様に心が思い出せと叱咤する様に、思い出せぬ記憶を抱えてこれ以上自分を騙し疑うような真似など出来はしないと自覚させられる様に脳髄が震えた。



如何すれば思い出せるのだろうかと、毎日の様に想いを馳せては断片さえ思い出せない己に歯痒さを感じ、苦汁を呑んで来て。
空を見上げた侭立ち止まり、混雑を極めつつ有ったこの道から早く遠退こうと視線を戻し一歩踏み出した刹那、人込みを縫う様割って来た小さな身体がぶつかって来る。
体格差からか男女の差か、勢いを付けて走って来たのは酷く小柄な女性で、気付いた瞬間には冷たい雪の絨毯の上に後ろ背を付けていた。
舞う柔らかい粉雪と、微かに聞えたドンという身体がぶつかる其の音。事も有ろうに腰まで地に着けて仕舞った女性は強く身体を打ちつけたのか折り曲げた足とは逆に背を其の手で撫ぜた。
女性の方からぶつかって来たとは云えど、如何考えても道の真ん中で唯立ち尽くして空を見上げていた私が悪いと、慌てて腰を屈めて女性に手を挿し伸ばして声を掛ける。
真っ白い雪に相反する漆黒の黒髪の酷く似合う、黒曜石の瞳を持った端麗な容姿の女性だった。










「 申し訳無い、此方の前方不注意だ。 何処か怪我は… 」



「 いいえ、大丈夫です。此方こそぶつかってしまって済みませんでした。 」










声を掛けた刹那に返って来た天使の其れに良く似た微笑と、何処か聞き覚えの或る声に傍と息を呑んだ。
空間が凍り時が止まる音を聴いた気がした。
挿し伸ばした指先が微かに震え、黒曜石の瞳と克ち合えば以前からの知り合いの様な【知っている誰か】の容姿に酷く似ていて。
雪の降る中を傘も差さずと走って来たのだろうか、額や桜色に上気した頬に散らばった水分を含んだ黒い髪、端麗切長の双眸、清冽な整った顔立ち。
初めて出会う筈の女性だと言うに、如何しても誰かに似ていると瞳を凝視すれば不思議そうに彼女の瞳が笑った。
冷たくなって居た筈の手に触れた柔らかな掌は、自分の其れと同じ位に冷たいのかと思えば浸透してくるのは心地良いほどの温もり在る体温。
咄嗟に、此れと同じ温もりを私は以前経験していると悟った。










「 突然で申し訳ないが…何処かで一度、私と逢っては居ないだろうか…? 」










未だ醒め切っていない様な未覚醒な侭思考せずに物事を紡げば、距離も言葉も間違ってしまったと言った後に気付く。
次の瞬間、何たる失態を侵してしまったのかと顔面を覆いそうに為る。
覚醒した頭に思い浮ぶのは、唯自分にぶつかって来ただけの見知らぬ女性に、巷では遣われもしない古めかしいナンパ紛いの言葉を吐いたと言う事。
差し出した手に促されて立ち上がった彼女は、今の言葉を如何思っただろうか、次に何と言葉を掛けられるかを何故だか一心に恐れた。
取り消す事が可能なら、今直ぐにでも謝罪の台詞を述べて早々に立ち去ろうとそう思う。
例え彼女が記憶の中に眠る誰かの声に酷く似ていたとしても、所詮【記憶】は過去の妄想の産物かも知れぬ。
如何して告げる前に気付かなかったのだと思った瞬間には既に後の祭りと言うもの。
憤慨覚悟で彼女の言葉を待てば、返って来たのは先と変らぬ柔らかな笑みと意外な言葉、そして無邪気な笑い声。










「 申し訳無い、私を知っているのではないかと思って問うてみただけなのだが、如何やら人違いだった様だ。 」



「 あ、ごめんなさい、そう云う意味で笑ったんじゃ無いんです。
 私、一年位前に事故に遭ってしまったみたいで…記憶を失ってしまったんです。
 だから、逢っていたとしても憶えていないんです。 」



「 …一年前…に、記憶喪失… 」










何処かで聞いた話だと彼女の言葉を繰り返してみれば、己の経験も其れに当たると考えが過り。
自然と出た声は掠れ、寒さからでも無いと言うに咽喉奥から滲み出るように震えていた。
初めて辿り着こうとしている混沌からの脱出糸口を見つけ、手を伸ばそうとするけれど自分らしくも無い怯えと恐れが襲う。
思い出したくても思い出すことが出来なかった其の記憶は、若しかしたら封印した侭の方が幸せで居られるのではないのかと。










「 …笑わないで下さいね?
 私も…貴方の声と顔を見た瞬間、同じ事を思ってしまったんです。 」



「 …同じ事? 」



「 戻らない記憶の奥底で…貴方と同じ声と聞いた事が有ると、そう思ったんです。 」










もし答を出すのなら、偶然だと言えばいいのだろうか。
出逢っていたのは数年も前で、其れから幾許かの時を重ねて、ふとした弾みで記憶を失って互いに其れを埋める様に独りで生きてきたのだと。
もう一度だけ、巡り逢う其の為だけに何も思い出すことを許されぬ侭二人出逢った瞬間に全てを思い出す様に。
偶然しては出来過ぎている話に、彼女が嘘を吐いている事も考えられる。
が、しかし逆に立場から見たら彼女にとっての私の存在も同じなのではないのだろうか、と。
そうだとしても、何故か寂しいとも辛いとも哀しいとも感じない、感じてはいけないのだと悟った。
虚偽に塗れた単なる会話の端くれにしか過ぎなくとも、私が彼女の声を聴いた瞬間に遠い記憶の中で聞いたあの声だとそう認めた事は紛れない真実なのだから。
だからせめて、今この瞬間の愛気な音程を覚えておきたい。それ位なら、許される筈だと、瞬間的に何度言い聞かせたか知れない言葉を、また胸の内で呟いて。
けれど意志に反する様に口から出たのはまたしても論外不問の台詞。
道の真ん中に立ち尽くした侭何分も動こうとはしない二人を怪訝そうに一瞥しながらも、通行人たちは皆先を急ぐ様に独りまた一人と脇をすり抜けて。
彼等の存在すら視界に入らない程、私は目の前の彼女に眼ばかりか心も囚われていた。










「 …宜しければ、名を聞いても構わないだろうか? 」



です。。 」



「 ……、私はルシウス・マルフォイと言う。 」










自然と唇から紡がれたのは名字ではなく名。其れを呼べば、懐かしさに襲われた先と同じ感情が湧き上がって来る。
名を口にして、何を莫迦な真似をしているのかと我に帰った瞬間に、心にあの声が響いた。
目の前のと同じ音域と音程から紡がれる、記憶の奥底に眠っているだろうその言葉。



【ルシウス…私、誕生日には花が欲しいな。真っ白な雪みたいな花。】



開きかけた唇は、ゆっくりと閉じられて開く事は無かった。
彼方に忘れてきた記憶の断片が、少しずつ音を立てて蘇って来る様な錯覚に陥って。
一年前の暗い闇光が脳裏では無く心から湧き上がる様に込み上げて、心に深い痛みを与えてくる、耐え切れず眼を瞑った。
あの日買った花は、誕生日だと言っていた誰かに渡す為に買った、粉雪の様に白い花だった。
キリキリと痛みの走る眼を指先で覆いながら、未だ感覚の鈍い視界を広げれば、飛び込んで来たのは瞳に水を張ったの表情。
艶やかな水墨白淡の瞳が涙に濡れて、純白の白を透過する様に酷く澄んだ色をしていた。










「 如何してでしょうか…名前を呼ばれた瞬間に聞いても居ない貴方の名前が浮んで来て…
 其れから涙が止まらないんです。 」



…違うなら其の時は笑ってくれればいい。だから一つだけ教えてくれないだろうか?
 君の好きな花は、純白の粉雪に似たGypsophila elegans… 」









「 私はあの日、貴方の帰りを家でずっと待っていた…。
 誕生日に霞草が欲しいってそう言ったら、貴方は私の頭を撫でて笑ってくれた。 」










鼻を付く甘い香りも、優しい声も。温かく包み込んでくれる体温、天使の其れに酷く良く似た微笑みも。
伝えてくれた言葉も、告げた言葉も、何もかも全て忘れ去ってしまっていた全てを一気に思い出した。
けれども言葉が出てこない。
今も瞳から涙を落して泣く嘗ての最愛の恋人を前にして、早く言葉を掛けて遣らなければと思うのに、何と言えばいいのか判らない。
己は何を言おうとしているのか、其れすら録に判らない侭、在り来たりな言葉だけが毀れそうになる。
頭の中で何かが弾けて壊れた音が鳴り響いた。
喪われたモノを言葉で埋めようと働く脳に反して、身体と心は甚く正直に気付けば其の細い身体を腕中に抱いていた。










「 如何して…忘れてしまったのだろうか。心はこんなにもお前を捜していたと言うに。 」










釦の掛け違い。
そんな稚拙な言葉では表現出来ない位に複雑に絡み合った心と記憶、そして関係が修復を要する迄に掛かった時間は一年と少し。
例えば、今日この並木道を歩かなければ。
例えば、が先を急ぐ様に駆け足で此処に入って来なければ。
例えば、私が空を見上げて立ち止まったり等しなければ。
例えば、私がに問い掛け等しなければ。
例えば…二人、言葉を交わす事が無ければもう二度と、喰い違った歯車が再び重なる事は無かったのだろう。




腕の中にキツク抱いた愛しい人を、もう二度と離す事は無いと他の誰でも無い己の心に誓った。
漸く手に入れた記憶と共に抱き篭んでも尚、如何すれば離れていた距離と時間と想いを縮められるのかと焦燥感に駆られる程に、再び喪う事を恐れて其れと同じ位に愛しさに焦がれても居る。
回された細い腕は酷く懐かしく、喪ったモノを全て埋めてくれる様な気さえ起きてきて。
懐かしい温もりは、夢と記憶の中で乞うた其れ其の侭に。
言葉等、何一つ伝わらなくてもいい。
唯、今、誓いを顕わにする様に抱き締めた温もりだけを思い出してくれれば其れだけで良かった。
言葉も想いも口付けも、これから伝えていけばいいのだから。










「 帰ろうか、。…私たちの家に。 」










優しく 愛しげに己の名を紡いで 恋慕に満ち溢れていたと 覚えても居ない心が痛嘆に暮れて
名を呼ぶのは一体誰なのか 其れは遠いようで近いようで 耳の奥から聞こえたようで空からのようで
私の事を知っていると言うのだろうか そうだとしたら教授えて欲しい 誰かをずっと探しているそんな気がするのだけれど
そうさ 逢いたくて 逢えなくて 私は唯独りで此処に居る
何処かで待つ人よ 出逢うべき人よ 記憶の彼方 君は確かに居る 君が近くに居る
元は一つである筈の心は離れて 度重なる偶然が生み出した再会と云う名の政
喪った過去がくれたのは 哀しみと 刹那さと 唯一つだけの優しい声






その声に導かれて もう一度 私は君と出逢えた
二人踏み出した方向は同じ 並木道に残る形異なる二人分の足跡を 柔らかく積もった新雪が優しく撫ぜ
繋がれた手が離れる事は もう二度と無い















後書き

mugenさんに捧げるルシウス夢です。
 ・ ルシウス・マルフォイ
 ・ ヒロイン二十歳以上

あぁぁぁ、長い上に微妙に有り勝ちネタで済みません(汗)
このヴォイスは中々思い入れのある曲で、私の中では今回の夢のイメージと、【ヒロイン言葉を喋れない】イメージの二つが有りました。
後ろにするとごっつい長くなるので前で書いたのですが…書いてみて実感。やはり二人記憶失って再会して云々の話が個人的に好きです(笑)!




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