「もう行かなきゃ…」と手を振る君の後姿を見送って ここで強く生きてく
ベッドルームに目を覚ました君がいるような気がしてさ 思わず名前を呼びそうになる
目を閉じれば君がいる、どの部屋にも… 思い出と呼ぶには切なくて リアル過ぎて ふいに胸がつまる
「…泣かないで」と笑ってる君が見守っていてくれるから ここで強く生きてく
君に捧げるLove Song
久方振りに歩く、歩き慣れた煉瓦並木にローブを翻せば季節外れの雨がゆっくりと天から舞い降りてきた。
忙しさに感けて全てを忘れ去った様に心を覆い隠して生きてきた強靭な精神力も、一瞬の諸味から山場の岩の様に音を立てて崩れて行くと長年の経験から知っていた。
だからこそ、生涯唯一度だけ本気で愛した君と暮らしたこの街に戻って来る事はしないと暗黙に心に刻み込んで。
あれから一年は経ったであろうか。
二度と歩く事は無いと誓った道をあの頃と同じ歩幅で歩き、険しく形取った表情を少しだけ崩した侭何者かに引き寄せられる様に前に進んだ。
今在る現状だけを語るならば、数年前に亡くしてしまった最愛の人を看取った小さな家の向かい側で、独り侘しく昔の思い出に浸っていると言えない事もなかった。
数年前の嘆出来事は昨日の事のようにありありと脳裏に刻み込まれ、今すぐにも思い出す事が出来る。
私が最愛の人間、を看取ったのは今から一年前に為る。
恋仲に落ちた時既に、は原因不明の病に侵され余命幾許も無い過酷な状況下に置かれていた。
其れでも、私に選択権と言うものは存在しないかの様に、死期を悟っている筈だと言うに日々を愉しそうに生きていた少女に心を奪われていた。
唯の一度だけ、本気で【人を愛する】行為をするのだとしたら、この腕の中に抱き締めた恋人を其の対象にと心に認めて。
「 …入る事を…お前は許してくれるだろうか? 」
思考はろくに働かない侭、応える人間の居ない問いを独り呟いて、魔法でキツク錠を落した家に足を踏み入れた。
ギィ…と重く古めかしい木の擦れる音を立てて開いた扉の奥には、今直ぐにでもあの柔らかい笑みを浮かべながら己の元へと駆け寄って来そうな嘗ての思い出の情景が浮かび上がる。
封印した筈だった。
吐きたくなる溜息は、未練がましい己を叱咤する為でも無ければ今にも膝を折ってその場に腰を落してしまう弱い自分にでも無い。
が生きていたあの頃と同じ侭で居る様に、最後に家を出た時に己でしか解けない魔法を施した。
その筈が、部屋に入った刹那に感じた違和感に【もしかしたら、が】等と有り得ない感情に嬉々とする稚拙な己が其処に居て。
一人残された空間には重苦しい静けさばかりが漂い、襲ってくる。
忘れる事等出来ない位に脳裏に焼き付いた、痛々しいまでの幸せに包まれた空気、空間、時間。
全て憶えて居る。生まれ変わっても思い出せると公言出来るほど、あの至福に満ちた時を忘れる事等出来はしなかった。
軋む音一つしない廊下を歩いてリビングへ続く戸をゆっくりと開けば、飛び込んで来たのは柔らかな橙色の光り。
普段の癖の様に手に持った杖がカタリと音を立てて指先から転げ落ちた。
用無しと化した手で、ゆっくりと目元を覆い表情を隠す。内側に浮かぶのは笑みか、苦しみか、切望か。
喪いたくないとあんなにも必死で願った事は後にも先にも、あれ一度しかない。
失ってポカリと空いた心に襲って来る絶え間無い渇望と、絶望にも似た孤独感に気が狂いそうだった。
命を殺ぐ死の神が振り上げる鎌の切っ先を前にして、この身を代わりと捧げれば其れで全てが済むならそうしていたと吐き出した臨みは、叶えられる事も無い侭に愛おしむ人間は静かに腕の中で永遠の眠りに堕ちた。
腕の中で次第に凍る温度に、己でも驚愕する様な程の温か味を帯びた涙が飽和したのは唯の一度きり。
其の時願ったのは、紛れも無く愛しい人間がもう一度己の前に現れてくれと。
「 …私は…夢を見ているというのか? 」
俯いた顔を上げ自然と眼の端に落ちて来た白銀糸色の髪を指に絡め、我知らず、自嘲の笑みが口元には浮かんで来た。
目の前には居る筈の無い人物、本気で愛しこの腕中で最後を看取った筈のが、橙の灯かりに包まれる様に其処に居た。
数年前迄はあんなに見慣れた状況であった筈なのに、久方振りにその黒曜石の瞳色を見れば、眼を奪われるしかない。
あの時の記憶が、一瞬にして甦った。
幻覚まで見てしまう廃れた自分、来なければ良かったと後悔が襲ったが、視てしまった以上どうにもならない事。
挿し伸ばす様に腕を手向ければ、飛び込んで来る様に細い身体を投げ出したが、確かにこの胸中に居た。
温もりこそ感じる事は出来なかったけれど、一年ぶりに抱き締めた人間は紛れ無い嘗ての恋人で。
【ルシウス…逢いたかった、ずっとずっと逢いたかった】
紡がれた言葉は旋律を伴わない声となって脳裏に響き渡った。
固く腕に抱いた侭、見下ろした恋人の身体は白い靄に包まれた様にぼんやりと浮ぶ霧影の様で。
死神の悪戯か神の加護か世迷い人の最後の遊戯か…名実何て今更何の関係も無かった。
此れが幽霊だろうが魂だろうが唯の霧であろうが、確かに愛したに変る事等無いのだから、伝わるココロは確かにのモノだから。
動揺を見せない様に歪めた口角に、何者も映さない様に済んだ蒼青の瞳は単なる強がりを護る為、此の侭離したくは無いと口走ってしまいそうな欲が滲んだ心に映り込んで離れない。
「 …今更告げても遅いこの言葉、お前は聞いてくれるか? 」
二人凍った様に強く抱き合った侭、流れていただけの重い沈黙を遮る様、言葉に出せば安っぽく価値の下がる言葉を口にしてみる。
その先、続く言葉を直ぐには吐き出すことが出来なくて思考が麻痺する。
付き合ってからが息を引き取ったその後でさえ、一度も告げたことの無い誓いの言葉。
愛しい者を失った其の後で其の言葉を口にした処で、現状の何が変るのかという事は判って居るというのに、今でさえ色褪せなく愛しいと思う気持ちを止められなかった。
出来る事ならば、今直ぐにこの場で忘却魔法を施して忘れさせてくれないかとさえ思うのに。この想いを、感情を消す事は絶望的だった。
腕に抱いたをこの侭閉じ込める事、傍に置く事、愛し続ける事、腕に抱き締める事願いの全ては何も叶わない。
唯只管に耐える様にに、諦める様に、蒼青色を滲ませた双眸をきつく閉じた。
願う言葉を口の中に、閉じ込めながら、愚かな心が君に漏れてしまわない様に。
「 ...Cause, still I love you 」
瞳を見据えて確かに一度だけ告げれば、腕の中の少女は柔らかく笑んだ。
漆黒の瞳に透明な雫をうっすらと溜めて、【好きだ】と告げたあの日よりももっと深く嬉しそうな微笑を湛えて。
泣かせたかった訳ではないのに、留まる事を知らない涙は指先で拭ってやっても壊れた様に溢れてくる。
其れの行為、これ以上の濡れた顔を見るのが酷辛くて、細い腰を抱き寄せて両腕を絡め、胸中に頬を埋めさせた。
薫らない筈この匂いを、体温を、記憶が憶えてしまって忘却出来ずにどれ程の時が経ったのだろうか。
例えこの先何十年と過ぎ様と、二度と逢う事が叶わなくとも決して忘れられないだろう。其れだけは確実な事。
【私は此れからもルシウスの傍で… 貴方だけを愛しています】
あぁ、そうかとこの時初めて自覚した。
喪われた時間、其の全てを取り戻す事は出来ないけれど、どれだけ時間が流れようと決して失うことの無いモノが或る。
出逢ったあの頃の侭何も変わらないは、神と言う自欲に溺れた存在から与えられた時間を精一杯に生きた。
辛い様を頑なに見せなかった君が、唯の一度だけ流した涙は、哀しみの其れでは無く。
眼を閉じればこの部屋に今でも浮ぶあの頃の情景が、思い出と呼ぶには切なくて、現実と呼ぶには過酷過ぎて。
【有難う】と一言の単語と共に見せた君の涙を、私は一生忘れる事は無いとあの日誓った筈なのに、如何して大切な事ほど記憶の奥底に眠ってしまうのだろうか。
降り始めていた雨がゆっくりと天に戻る様に止み始め、どれ程時間が経ったのだろうか窓外が漆黒の闇から朝靄に包まれ始めた。
本能だろうか、別れの時が近づいていると、確かに気付く。
あの頃は、眼に見える形で自分達の『愛』を確かめる事に夢中で一番大切な事を忘れていた。
本当は、喪ったあの後でさえ忘れられぬ己と同じ想いを抱き続けて変らず傍に居てくれていた。
辛いのは己だけだと自己満足のような悲劇を買被り、身に叶う以上の願いをもって、生を生きぬ君に何かを望む事は馬鹿げている。
等分の価値を持って返して初めて愛が確認できると信じ込み、そんな稚拙なモノは到底恋情とは呼べぬと、この時初めて自覚した。
「 この先、変らず私はお前だけを愛し続ける 」
だから私が其処に行くまで変らずに居て欲しい。
其の言葉を、咽喉奥で飲み込んだ。
今更その様な当たり前のことを頼むなと、意図を含んだ笑みを浮かべて、瞳を閉じたが口付けを落す。
同時に痛い程に伝わる恋慕に浮かびそうになる自嘲の笑みを、完全に殺す自信が無くて表情を隠すようにして触れない髪を撫ぜた。
傍に等居なくとも、この瞳で見る事がこの先一生変る事無くとも、其れでも変らずに愛していると…こんな感情を抱くのはこれが最初で、最後だろう。もう二度とこんな風に溺れる事等無い。
この先、にしか告げない言葉が、自分の中で命の灯をそっと燈した。
【ルシウス、また、ね…】
「泣かないで」と笑っている君が告げた言葉は別れの其れではない確かな再会の約束。
君との思い出深いこの場所で、変らぬ愛情に抱かれながら此処で強く生きていく。
瞳を閉じれば何時も其処に君が居て、思い出と呼ぶには切なくて、現実は酷く残酷で。
其れでも、「もう行かなきゃ…」と手を振る君の後姿を記憶に焼き付ける様に見送って、此処で生きていく。
胸の内にある感情を押し殺す為に、固く拳を握って、誰より辛いのは傍に居るのに触れることすら出来ない君だというに。
だからせめてもの手向けにと、確かに一度だけ、細く哂った。
目覚めた時には夢物語の様に消えてなくなっていたとしても、私は此処から君への想いと共に歩き出すだろう。
後書き
竜珠さんに捧げるルシウス夢です。
・ ルシウス・マルフォイ(独身)
・ グリフィンドール寮所属 ・ 16歳
皆様のお手元に在るモノを投げられる覚悟は出来ております…!
前代未聞、幾ら悲恋OKと温かいお言葉を頂いたからと言ってヒロイン死んでるって…(汗)。
…が、しかし、私の中でのこの曲のイメージは如何頑張っても此れしか浮ばなくて。
ヒロイン設定もルシウス設定も一切関係無いと言うリク踏み倒した様な夢に…(泣)。
其れでも、個人的にはノリノリで書いた為…気に入っております(苦笑)。
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