好きだなんて言えない この思いを告げたなら 君はきっと消えてしまうね I'll keep it in my heart
本当はもっと触れていたい 10年後の君が見たい でも叶わぬ願い you're breaking my heart again
だからせめて、夢の一時ででも…
この腕に抱き締めて【愛している】と告げても罰は当たらないだろうか
天の星を取るような希かも知れぬ、其れでも唯の一度だけ 君をこの腕で抱き締めてみたい
君を愛する代償に何かを失うのだとしたら 真っ先に失うのが自我だと認める己が 何よりの恐怖だった
好きだなんて言えない
「 先生、大好きなんですよ、本当に。 」
口元にどれだけ優しい微笑みを浮かべようと、眼は底知れない漆黒の暗さを湛えて、嘗て己が居た様な暗闇を髣髴とさせる君の髪と眼が宿す色合いは漆黒白淡。
無邪気な声色は変声期を迎える前の甲高い少年の其れに酷く似ていて、管弦楽器を思わせる様な響きが地下室に渡った。
凛とした心地良い音を紡いで脳に響くその悪魔の調べを耳に入れる様になってから、既に一年以上の月日が流れていた。
相も変らず飽きる事も無く、が我輩の部屋に来る様になってから帰るまでの間、馬鹿の一つ覚えの様に【好き】だと告げる。
其れは我輩に返答を求める様なモノではなく、小さな子供を母親が諭す様な話口調に似ており、聞き流した所で気にも留めていないらしい。
終らせても次が犇いている状態の羊皮紙だけを見詰め、同じ部屋に居ようとも会話を交わす時間は僅かに満たないと言うに、何が愉しくては毎日の様に此処に来るのか。
初めの内は同じ空間内に存在している事にすら気が立つ己が居たが、慣れと言うものは至極恐ろしく其れが極当たり前の日常と化し疑問にすら思わなくなった自分が居た。
「 スネイプ先生、私のレポート如何でしたか? 」
「 グリフィンドールのレポートは未だ見て居らん。 」
「 私のレポートは…出来れば一番最後に見て下さいね? 」
「 心配せずともお前は間違い無く再提出だ。 」
大方、言った言葉に非は無い。
元来、成績は上から数えた方が格段に早いであれど、如何云う訳か魔法薬学は毎回の様に合格ギリギリの点数を取る。
提出を命じた課題やレポートに至っては、書き直しをさせなければ為らない程不出来であり、何を如何聞き間違えたのか趣旨すら有っている事が少ない。
前回も前々回も其れは変ることの無かった予想が現実と化したモノとなり、今回も例外無く再提出を余儀なくされるのであろう。
其れでもは、笑顔で羊皮紙を受け取り書き直してはまた持って来ると言う行為を繰り返す。
最近は其れこそ此方が面倒で、目の前で延々書き直しをさせる様になり、何時の間にか態々教授してやる様にすら発展し。
今回の課題は夜を越すか越すまいかと、【書き直し確定】を目の前に心の中で小さな溜息を吐いた。
別段、寝る時間が遅くなるとか翌日に響くとか面倒だと云うカテゴリの問題ではない。
問題は…もっと性質が悪い。
「 あ、後三日で二年目ですよ、先生。 」
「 …二年目? 」
「 私が先生を好きに為ってから、後三日で二年経つんです。 」
「 …下らない事を言っていないでさっさと魔法史の課題を遣り給え。 」
だから如何した、と蔑んだ哂いと汚らしい言葉を吐けない自分が其処に居た。
知った様な顔をした人間が云う、恋愛は先に恋に堕ちた方が負けだと。
恋愛等勝ち負けでは無いなんて云えば、それは偽善も甚だしい程の嘘になるだろう。
弱みを多く作った方が負けという言葉こそ、実に真理をついて詰まる所、自分の一番の弱みは誰よりも自分が一番知っていた。
二年も我輩を好きだといい続けたよりも、それ以前からお前に恋に堕ちていた我輩は如何なると言う?
一回りも下の子供を好きだと自覚した瞬間から、階段を転げ落ちる様に望みも願いも全て聞いてやりたいと思う位心は奪われて。
何時からだろうか、何時も狭い視野にを映し込んだ日は。
思い出すのも困難な程に日々募る想いを押し殺し、君を愛している等と表面上は、そんな考え微塵も見せない侭。
卑怯で狡賢い大人は他人に弱みを見せる事をこの上なく嫌悪し、其れが恋愛感情から来るものだと自覚すればする程泥で塗りたくって真実を隠す様に感情を消した。
微笑まれながら【好きだ】と告げてくる幼い誘惑に、心が負けてしまわぬ様にと歯を食いしばって視るも、部屋から追い返せなくなっている時点で己の負けだと如何して認めよう?
「 スネイプ先生、魔法史の課題終りました。 」
課題が終ったら教えろと言ったつもりも無ければ、報告する義務も無い。
其れでもは毎回そうしている様に事後報告として告げたかと思えば、何やら独り言を言い始める。
普段と何等変わらないその姿に、一々反応を返して遣れるほど暇でも無い我輩は右から左に聞き流して己の仕事に没頭する。
赤に染まる羊皮紙を右から左に流しながら、其れでも漸く半分まで来た処でグリフィンドール寮の順が回ってくる。
この場まで来て云々言うつもりも無いが、様々な面で一番時間の掛かる寮に来たものだと溜息を吐き、一番最後に回そうと束毎掴み上げる。
けれど眼に留まった一番上の羊皮紙に、手が、止まった。
流れる様な美しい筆記体で書かれていた自分に愛を紡ぐの言葉。
視た刹那に愕くと共に心に湧き上がる確かな喜びに、一回りも下の子供の他愛無い悪戯言葉だと判っていると言うに振り回される位、夢中なのだという事を脳だけは理解しない。
思わず漏れるのは、自嘲気味の笑い。
今直ぐに目の前で破り捨てて遣ろうかとその様な事は露ほども思っていない癖に頑なまでに拒むのは、紛れも無い己の為。
「 、今直ぐに書き直し給… 」
羊皮紙を掴み上げて、口角を歪めながら面倒そうに顔を上げれば、飛び込んで来た情景に米神を押さえる羽目になり。
先まで五月蝿い程に喚き散らしていたは、数分と経たない内に暖炉傍のソファーで眠りに落ちていた。
邪魔だからと脱ぎ捨てた我輩のローブを大切そうに胸内に抱き締めて、小さな子供がブランケットを抱きながら眠りに落ちる様を思い出させた。
どんな状況でも問えば必ず返事を返してくるが無反応という事は、確実に一時の眠りを貪っているのだろう。
転がり落ちている羽ペンが其れを物語っていた。
無意識の内、羊皮紙を机の上に置いた我輩はソファーで眠るの眼前に立っていた。
屈み込む様にして腰を落せば、目線を同じくした今自然と顔を近づけて、黒曜石の瞳を覗き込んでしまい。
普段なら触れることすら叶わない、絹糸の様な漆黒の髪。
余りに無防備に近くに存在るものだから、少しだけ触れてみたいという元来からの届かなかった願いを叶える衝動を抑え切れなかった。
割れ物に触れる様に丁寧な手付きで触れれば、直ぐ様に手中に落ちてくる髪の感触が心地良くて、飽きずに何度も梳きながら整い過ぎた幼い寝顔を見た。
「 こんな男の何処が良い? もっと相応しい男は山と居るであろう? 」
薄く開いた口唇から吐き出されたのは紛れも無い本音を含んだ、聞くのは穏やかではない言葉。
君は何時でも其処に居ると言うに、指し伸ばされるであろう腕を待っているであろうに、差し出してやる事は許されない現実。
似た様な過ち、犯すなら禁忌の方が未だ救われると何度思ったか知れない。
手に入れる勇気の無さより、傷つけてしまう事の方が何より恐ろしくて、触れたら壊して仕舞いそうな程に純粋な心で感情をぶつけて来る幼子。
如何伝えて良いのかすらも判らないのだろう、考え付いた精一杯の方法なのか、拙い言葉と仕草で必死に伝えてくる想いの全て。
離してしまわない様、逃してしまわない様両の腕にしっかりと囲って唯一言【好きだ】と告げれば其れで全てが叶うだろうに。
其れでも出来ないのは、この想いを告げればきっとお前は我輩の前から消えてしまうから。
「 」
心の内に押し殺した感情を、唯の一度だけ低く遠く囁いて。
何を血迷ったか、触れていた髪を指先から落すと、柔らかな桜色の唇に一つの口付けを落した。
拒否拒絶を押し通すつもりなら、こんな事等しても意味など無いと誰より自分が知っている。
けれども魅せられた様に落してしまった口付けは、留める事の出来ない恋慕を模って君に伝わってはくれぬかと確かな想いを乗せていた。
数分後には目覚めるであろう少女を思って、何事も無かった様に机に戻っては除いた一枚の羊皮紙を除けて採点を始めた。
まるで夢でも見ていた様に過ぎた虚偽の時間の罪を背負う者は我輩独りだけだと、思うのは筋違いである事を気付いては居なかった。
好きだなんて言えない この手を今伸ばしたら 君はきっと消えてしまうね I'll keep it in my heart
本当はずっと一緒に居たい 10年後も君と居たい でも叶わぬ願い and you're breaking my heart again
後ろを向いたその刹那、閉じられていた筈の相貌から漆黒の耀りが確かに在った事を、我輩は知らなかった。
罪に塗れる覚悟が出来ていたのは、我輩だけでは無いと気付くのは遠い未来。
後書き
凪さんに捧げるスネイプ夢です。
・ セブルス・スネイプ教授。
・ グリフィンドール生。
今は悲恋かもしれないけれども、未来は幸せだから許して…!!
というのはやっぱり許されないでしょうか…(汗)。
ヒロインを想って、気持ちを告げる事が出来ない教授…誰よりもヒロインを想っているから自分に嘘を突き通す、…一回書いてみたかったんです(苦笑)。
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