もっと あなたを抱きしめ眠りたい 優しい記憶に変わった今でさえも
この腕で抱きしめ眠りたい 出会った頃の二人のように
au revoir
無駄に多いと溜息を吐きたくなる程の教科書を抱えながら、 は独り秋も過ぎようとするホグワーツの中庭を駆け足で抜けた。
既に全ての講義が終っているので、遅刻しない為に急いでいる訳ではない。
けれど、何時も柔らかな笑みを作っている の表情が意を決したように固くなり心成しか誰にも捕まりたくない雰囲気を蔓延させていれば自然とそう考える人間も居るだろう。
実際問題、急いでいると言えば急いでいるのであるが、抱えた教科書を散乱しかねない為ダッシュする事は出来ない。
しきりと眼で伺うのは時刻を刻んでいる筈の時計の長短針ではなく、傾きかけた茜色に浮かぶ艶やかな太陽。
日時計がある訳でもなければ西に沈む太陽から時刻を推測する事なんて出来る訳も無い。
唯一つ、この太陽が完全に西の空に沈んでしまう迄に はやらなくてはいけないことがある。
其れに気付いたのは極最近の事で、気付けただけでも運が良いというか今まで気付けなかった自分が恨めしいというか。
兎も角、急ぎ足で教科書片手に重苦しい雰囲気の漂う地下室へと向かった。
「 …しつれい…しまーす… 」
言う必要等無い様な程小さな音でひっそりと紡いだ挨拶は、静寂仕切った空気と重苦しい音を立てて開いた扉の音で消された。
伺う様に中を覗けば、案の定こんな薄気味悪くて一分でも居たら背中から青黴が生えそうな場所に好んで居る人間は居ない。
否、独りだけ居るとすればこの部屋の住人兼スリザリン寮監のセブルス・スネイプが当て嵌まるのだが、彼もまた【居ない】と言う表現に近しい。
無造作に置かれたソファーの脇に抱えた教科書を置き、そろりそろりと忍び足で机に近づく。
普段誰よりも気配を感じ取りやすい俊敏さを持つスネイプ故に、足を引いて出すその仕草さえも全神経を使って行わなくてはならない。
其れこそ文字通りに【抜き足、差し足、忍び足】状態の侭さして距離も無い彼へ続く道をゆっくりと歩いた。
窓の無い暗い地下室。
窓辺も無ければ翳る陽射しが燦燦と流れ込んでくることも先ず有り得ない。
魔法薬学の教室内であれば勿論窓が有る為に別であれど、その奥に位置するスネイプの自室には四角で唯囲っただけの枠があるだけで窓は存在しない。
勿論、その理由を問うた事もあるけれど、部屋に置いている何とかと言うホルマリンが太陽の光に弱いからだと言い訳をされた。
考えてみれば、普段は土気色の表面に仏頂面、口を開けば減点と小言厭味しか言わぬ陰が誰より似合うこの男が、陽の光りに抱かれている場面よりは暗い地下室 に居る姿の方が未だ心臓に優しい。
そんな他愛無い事を思案しながら、 が足を伸ばした先はスネイプの机の脇。
小首を傾げる様に少し身を屈めて部屋の主の様子を伺う様な仕草をした。
「 大丈夫、間に合った。 」
此れに気付いたのはほんの数日前。
普段は講義終了後に寮に戻って荷物を置いてからスネイプの自室に行くのが慣習と為っていた。
しかし、偶々帰り道に通り掛ったスネイプの地下室に普段よりも少しだけ早い時間に立ち寄ってみれば其処には眼を疑う光景が広がっていた。
羊皮紙の散ばった机の上に肩肘を付いて其処に頭を乗せて僅かな睡眠を貪るスネイプの姿。
初めの内こそ何か考え事をしている物だと思っていたけれど、此処数日の の絶え間ぬ調査の結果から確実に寝ている事を突き止めた。
グリフィンドールに所属する とスリザリン寮監スネイプとの恋愛は一見異色の様にも思えるが、当人達にしてみれば流れる時と同じに過ぎない。
一日の終わり、こうして二人でスネイプの自室でゆったりとした恋人同士の時間を過ごす事は勿論公然の秘密事項で有るが、守り切る程努力が必要な事でもな い。
ホグワーツに居る誰しもが、スリザリン寮監督が天津さえグリフィンドール寮の生徒を恋人に選ぶ等と誰が想像するであろうか。
「 …やっぱり、綺麗だなぁ… 」
初めて見た時も思ったけれど、こうしてマジマジと寝顔を見ていればその綺麗さに思わず言葉が漏れる。
透ける様な肌は女の其れと同じ位に肌理細やかで、キチリと伏せられた睫は双眸をより一層際立たせる様に添えられて、頬に自然と流れた黒髪は想像よりも繊細 さを帯びて相貌を際立たせていた。
休日はスネイプの自室で夜を明かす事も有るけれど、スネイプは大抵 より遅くに寝て先に起きる故、寝顔なんて滅多に見る事が出来ない。
珍しいものが見れた、と同時に一度見てしまえば麻薬に手を出した様に何度も見たくなってしまう速攻持続性を兼ね備えていた。
何時までもその寝顔を見ていたい であれど、今日は目的を持ってしてやって来た訳であり、寝顔鑑賞も早めに切り上げて一つ深呼吸をする。
高ぶる気持ちを押さえつける様に、一度しかないチャンスをモノにする為に。
固く紡がれた唇を見詰めながら、閉じられた相貌を眺めながら、ゴツゴツしているのに酷く綺麗なその指先を認めながら想った。
出逢って今まで、此れ程までに人を好きに為った事など自分は無かったと。
寄せてはまた返してゆく波の様に絶える事無く溢れる感情。
愛しさ、悲しさ、寂しさ、刹那さ、胸奥から競り上がる様々な感情を抱きながら、其れでも対象が此処に居るスネイプであれば在るほど全てが愛情と言う名の感 情に摩り替わる。
僅かな時間でしかない仮眠時間であれど、見ている夢が彼にとって幸せなモノである様にと、整った寝顔を見ながら思う。
本当は今直ぐにでも起こして甘えたい処であるけれど、寝てしまう位に疲れているのだからせめて自分で目覚めるまでは、と気を利かせてしまう。
その代わり、代価はキチリと頂こうと は意を決し、机に片手を付くと吸い寄せられる様にほんの一瞬だけ触れるだけのキスを落した。
「 …随分と可愛い事をする。 」
「 ……!? 」
キチリと閉じられていた筈の相貌が刹那に開き、標的に狙いを定めた肉食獣の様な鋭い視線が の瞳と克ち合った。
同時に、酷く甘い旋律で吐かれた厭味を伴ったほろ苦い言葉に、愕いて触れたばかりの唇を手で覆って立ち上がる。
止まっていた筈の時が一気に流れ出した様な感覚と、今し方己がした行為を脳が認知すればスネイプが起きていた事がよりリアルに感じられて顔が紅熟した。
一歩、また一歩と引き気味になる腰をそれ以上逃がすまいと腕を伸ばして抱えたスネイプは、普段以上に歳相応の可愛らしい の反応に微苦笑しながら半身を起こし。
「 スネイプ先生…狸寝入りなんて酷いじゃないですか!! 」
「 我輩が何時、狸寝入りをしていたと言ったかね? 」
「 じゃあ一体何時から起きてたんです? 」
「 お前が小さな声を出しながら其の扉を開けた頃だったか。 」
…そう云うのを狸寝入りと言うんです、と言おうとしたけれど、意地悪く笑んだ侭のスネイプに何を言っても一言二言厭味を付け加えられて返って来る事は眼に 見えていて。
よくよく思えば、微かな物音でさえも気付く筈のスネイプが の立てた音に気付かない筈が無い。
今日もやはり一枚喰わされたのだと思えば安易な事に気づかなかった自分も本当に抜けていると思うけれど、滅多に見ることの出来ない寝顔を拝めただけでも充 分に収穫があるような気がする。
バサリと流れ落ちてきた髪を鬱陶しそうに後ろに手櫛を流せば、その隙にスネイプは の身体を自分の元へと引き寄せて。
抵抗する気も無くなったのか其れに大人しく従った は、促される侭にスネイプと向かい合せに座らされた。
背丈の低い は、腰を落したスネイプの足元にさえ足が届かぬ状況で、行き場を失った両足をプラプラと左右に動かして居る。
其れすらも最早この部屋には当たり前と化した情景であり、ゆったりとした時間が唯流れるだけの空間と化す。
「 …一つ、問うても良いかね? 」
「 何ですか? 」
「 今日もそうであるが、昨日も一昨日もお前は寝ている我輩の袂で何か呟いていたであろう? 」
「 あ… 」
確かに言葉を紡いでいただけに、何も言って居ないとは言えない。
ましてや、その美麗な表情に見惚れていた等と言える筈も無い。
如何したら良いのだろうかと試行錯誤していれば、スネイプには其れが二十面相の様に映ったのであろうか、無理に言う必要は無いと揶揄する様大きな掌で柔ら かく の頭を撫ぜた。
膝の上に乗せて抱いた侭の状態で強く抱き締めれば、己よりも幾分もか弱いその力で抱き返してくる細い腕。
周りの生徒から言わせれば酷く詰まらなく退屈と言う言葉がピタリと似合う己の講義中でさえも、その機敏とした態度に冷静さを事欠く事の無い精神。
感情の揺るぎ等微塵も見せない少女が、己の腕の中では唯独りだけの少女に戻る様に歳相応の笑みを零す。
久し振りではないけれども、如何にも抱き心地の良い小さな少女を、セブルスは堪らなく愛しいと苦笑した。
「 …に…と…もに…たい、って… 」
「 …明瞭に述べ給えと講義でも教えて来た筈だが? 」
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次に眠る時は私も一緒に寝たい、って。
愛しい君を抱き締めて、柔らかく薫る髪を撫ぜながら、二人で共に深い眠りに堕ちてみようか。
今が夢現の存在でしか無かったとしても、せめて夢が醒めるまでは君をこの腕の中に抱き締めた侭で。
誰しもが、出逢ったあの日の侭で居られる筈等無いと判りきっている。
其れでも君と出逢ったあの頃の感情を枯らす事無く、あの時の姿が見えなくなっても、せめて夢の中の君だけは変わる事は無いと。
「 、夕食まで…昼寝でもしようか。 」
貴女を抱き締め眠りたい。優しい記憶に変わった今でさえも。
この腕で抱き締め眠りたい。出会った頃のあの日の侭の二人の様、何も変わる事無く。
変わるのは周りの風景と流れる時間だけで、沢山だ。
後書き
輝月琉奈さんに捧げるスネイプ夢です。
・ セブルス・スネイプ(教師)
・ グリフィンドール寮所属
スネイプの寝込みを襲ってみよう…!という仮題付きそうです(笑)
私の中での曲のイメージは、唯昼間に木陰の下でヒロイン抱いて寝ている…だったんですが、
教授が生徒であるヒロインを木陰で抱くのは聊か無理が有るかと(苦笑)。
実際問題、暗い地下室でも…教授に抱かれて眠れるならかなりの本望ですが。
因みに、【au revoir】ってフランス語でサヨウナラって意味なんですよ。
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