世間一般的に言われる所の「少女漫画の様な恋愛」なんてものに興味は無かった。
かと言って、平々凡々な恋愛末路で人生を終えてしまおうと思う程私も堕ちては居ない。
恋と言うものを今まで経験してこなかった訳でも無ければ、友人達が嬉しそうに話す恋人の存在に憧れなかった訳でも無い。
けれども、友人達の話題の中で必ず上ってくる【は如何なの?】と言う問いに、皆が期待する様な答を返したことは今まで一度たりとも無かった。
好きな人が居ない訳じゃない。
今まで出会った誰よりも大好きな存在で、誰よりも愛しくて、誰よりも高潔な存在。
高貴過ぎるまでに気高い誇りに元来持ち合わせた聡明さ、其れを象徴するかの如き過ぎた干渉下に置かれるのは彼が絶対の信頼を置く者等のみ。
紡がれる言葉は相手を酷く不快にさせる極凍の様、紅蓮の瞳はその色に反して絶対零度を越えている。
其れでも彼を敬愛尊敬し、絶対の服従を強いられても其れに服する者は後を絶つことは無い。
紅蓮の瞳は人を惑わせ、人を暗黒の闇へと導いているに過ぎ無いと言うに、如何してこうも求めてしまうのだろうか。
幾ら考えても其の解答は、決して出る事は無い。解答が出ていない故…今日もこうして彼の傍に居続ける事を願ってしまうのだから。








My will







「 如何した、浮かない顔をして。気分でも優れぬか? 」










愛しい彼の前で、自分がどれ程詰まらない表情をしていたのかと思えば、自己嫌悪に陥りそうになる。
元々強くは無い性格、一度めげる様な出来事が有れば底の底まで沈みこんでしまう事すらザラに有った学生時代が去来して、二度とそうは為らないと叱咤した。
最近は忙しいのか、根城にしているこの城にさえ長居をする事が珍しく、こうして一日中彼の腕の中で過ごせる事すら珍しい事態だというのに如何してそう云う日に限って気分が靄に包まれるのだろうか。
普段はナギニが起こしてくれると言うに、今日ばかりは帰宅した彼が冷たいけれど優しい口付けで起こしてくれた。
矢先、聞き分けの無い子供の様な素振りをするかの様な稚拙な態度に苛立ちを感じたのか、冷たい指先を輪郭に沿って滑らせクィと無理やりに上を向かせられた。
燃える様に紅い瞳で蔑む様に見られても、不思議と恐怖心だけは起きては来ない。
其れよりも恐ろしいのは、この様な愚態を晒してしまい嫌われてしまうのではないのかと言う事だけ。










「 ヴォルデモート…何でも無いの、ごめんなさ… 」










何も悟られてはいけないと、無理に作った微笑と共に上半身を起こせば、生じた服のオウトツからスルリと何かが滑り落ちた。
はっと息を呑む隙すら与えずヴォルデモートは長く細い指先でベットに落ちた其れを摘み上げ、拾い上げ様とした刹那、袋の口が緩くなっていたのか中身が零れ落ちた。
陽の温かな温もりさえ伝わらず灯かりは魔法で燈された蜀台だけのこの部屋に、鈍い白銀の輝きが閃光の様に輝いた。
実際は光り輝く筈の無い贋物で形作られたモノだと言うのに、何故かその時だけは、綺麗な光りを放った気がした。
其れはきっと、本当は私に持たれたいのではなく、ヴォルデモートに持たれたいと言う欲求からかもしれなかった。
塵同然の、子供のお小遣いでも買えてしまう程安価な値段の、内側には細く日付が削り込まれている銀紛いの古びた指輪。
嘗て…ヴォルデモートに【何か欲しい物は有るか】と問われて思わず口にした其れ。
高価なモノを買おうとした彼を制して、傍らで売られていた安物を掴んで此れがいいと強請った。
ホグワーツに入学する以前の大分昔の其れを、ヴォルデモートは怪訝そうな眼差しで一瞥した。










「 未だこの様なモノを持っているとは… 」










其の言葉に、慌てて腕を伸ばして掴もうとした。
掌で転がす訳でもなく、汚れ物に触るかの様に指先だけで摘み上げたその仕草を傍から見れば【投げ捨てられる】と勘違いしても可笑しくないだろう。
其れを助長するかの様に、ヴォルデモートは紅蓮の瞳を歪めて無愛想なその表情を酷く愉し気なモノに変えた。
この表情をする時は、結果的に良くないことが起こると結果論から既に知っていた。
眼と鼻の先には塵箱が在る。
態々棄てる動作をせずとも、僅かな呪文を詠唱するだけで指に捕まれたモノは一瞬で塵と化すだろう。
其の悲愴な姿を脳裏で描いてしまった為、気付けば腕を伸ばし阻止しようと阻んだ。
ヴォルデモートに逆らう事等許されないと思っていながら、其れでも大切なモノを壊されたくないとの稚拙心が必死に叫ぶ。
しかし無常にも、伸ばした腕はヴォルデモートに意図も簡単に掴み上げられてしまう。










「 やめっ… 」


「 如何した、私に逆らった事等一度も無いお前が…私に反逆の刃を向ける気か? 」










顔が、笑って無かった。
いや、実際ヴォルデモートは表面には恐い位の笑みを湛えていたのだが、傍に居すぎたにはその奥に秘められた意図が判り切っていた。
ヴォルデモートの傍に居る上での絶対条件は、命に逆らわない事。
例え其れが絶対の信頼を置く近辺従者であれ、下層の者であれ、恋人であれ変わる事は無い。
触れては為らぬ絶対の逆鱗は其処にあった。
普段ならば大人しく引き下がるではあるけれど、今日だけは引きたくなかった。
引けば指輪を壊される。
絶対に壊されたくないから、だからこの手で護る。
その行為が【反逆の刃】と捉えられ、細く美しいその指先で死に至らしめられるのならば其れも構う事は無い。
命よりも何よりも、古びてくすんだ玩具の指輪が、大切だった。




貴方が知る事は無いでしょう。
傍にすら居られなかった幼い頃、貴方が用事で出かけてしまった日の夜、独りきりで部屋に居る時間。
左手の薬指に玩具の指輪を嵌めては、貴方が唯無事で居てくれるようにと祈りを捧げた。
想いを告げることすら叶わなかった幼い日のあの頃、貴方の事を思い出してはその想いの大きさに潰れそうになり。
逢えない日々の切なさが苦しさに変わらない様に、唯只管に貴方を待ち続け、その唯一の救いとなってくれたのがこの指輪で。
感情を口にすることさえ躊躇われる程、立場も生きている世界も違う貴方に恋焦がれ、出来ることならばこの想いが貴方に届くようにと指輪に願いを掛けて。
存在を知って、知れば知るほど…距離が縮まれば縮まる程競り上がって来る如何しようも無い位の恋慕に耐えられなくなっては独り涙を落し。
【あと少し】手を伸ばして懇願すれば手に入るかもしれない関係への距離が踏み出せなくて、いつも自分で目の前の道を閉ざしていた。
逢いたいと願い、逢えない日々を重ねる度に不安よりも先に襲う孤独感に壊れそうになる心を叱咤して、指輪を嵌めた薬指を包み込むようにして夜を越えた。
朝になれば、ヴォルデモートは帰ってくる。
伝えたい言葉も、言いたい台詞も、見せたいものも、聞かせたい話も全部押し殺すように過ごして来た。
足枷にならぬ様、邪魔にならぬ様、傍に居れるだけで【幸せ】だと思えるようになったのはあの指輪が在ったから。
ヴォルデモートからの…多分最初で最後の贈り物。
其れさえあれば、どんな状況でも耐えられるとそう思い続けて来た。
だから、其れを壊されたら、ココロが壊れてしまう気がした。
ギシギシと軋む音を立てながら今にも弾け飛んでしまいそうな指輪を見れば、押さえ込んでいた筈の涙が瞼から幾筋も流れ落ちた。










「 …、言いたい事が有るなら明瞭に言えば良い。
 お前の願いなら、私は何に犠牲を払っても叶えると言うに… 」










意外な程に柔らかい声色と口調が上から降って来、見上げる様に視線を上げればヴォルデモートの唇が降りて来た。
の流した涙を優しく拭う様に口付けを落しながら、掴んだ腕を放して左手の薬指に玩具の指輪を嵌めてやる。
昔と大して変わらぬ細さの指は、易々と指輪を受け入れ、漸く落ち着ける場所を取り戻したとばかりに輝きを失くした。
指輪の求めていた先はヴォルデモートでは無く、の左手。
愕いた様に指先を見詰めるに、小さくヴォルデモートは苦笑した。
未だ陽も上らぬ深夜に偶々帰宅したヴォルデモートが真っ先に向かった自室のベット。
其処にはブランケットに包まって安らかな寝息をたて睡眠を貪るの姿が在った。
安堵する様に息を吐き、ローブを脱ぎ捨てて傍らに腰を落した際、ふと視線を落とした先に異様なモノを見た。
其れは嘗て自分が幼いに贈った紛い物の拙い銀細工の指輪。
事も在ろうには左手の薬指に嵌め、大切そうに左手を抱えながら、頬には涙の跡が残っていた。
誰より寂しがり屋だろうに、一度も【寂しい】等と口にする事無かったは、毎晩こうして独り孤独に耐えていたと言うのだろうか。










「 …私の願いは貴方の傍にずっと居たい…其れだけで充分。 」



「 想っているだけでは願いは届かぬ。言葉にして吐き出せばいい。
 お前が哀しそうに笑う姿を見る位なら、私が此処に連れて来た意味が無くなる。 」










顎を掴んだ指を離し、掌で髪を撫ぜた。
さらりと滑る感触を愉しみながら、を抱き寄せれば確かな温もりが肌を通して伝わって来て。
この温もりを二度と手離したくないとそう云う意図を込めて強く抱き締めてやれば、耳に触れたの唇が小さく言葉を紡いだ。
【此の侭もう一度、眠りましょう】
言葉と共に、酷く嬉しそうにが微笑った。
指輪を贈ったあの日に見せた、心から嬉しそうな其の微笑み。
何時から見ることは無くなったのだろうかと思い出そうと記憶を辿れど、また次の瞬間からもこの微笑みを見る事が出来る様にすれば良いだけの事と諦めた。




傾く体重を腕で支えながら、抱き込む様にしてと共にベットの中へ。
未だ温もり残る柔らかなブランケットを羽織、絹の様な髪を撫ぜながら眠りに落ちるまでの話しに耳を傾けてやる。
思えば、この時間こそが己の最も至福だと感じる時間だと如何して早くに気付かなかっただろうか。
己の事を想いながら涙を伝わせる稚拙な心を持つ少女。
祈るだけでは到底願い等叶う筈等と自嘲するに、其れでも遠くで己の事を祈る少女。
触れてしまえば壊してしまう硝子細工の様だと、昔も今も変わらず思う。










…一つだけ、お前に伝えていない言葉がある。
 良い機会だ、この先二度と言わぬかも知れぬ言葉だが… 」










御伽噺を話すかの様な声が途切れ、振り向けば腕の中、は小さな寝息を立てて眠りに落ちていた。
変わらず左手には玩具の指輪を嵌め込んで、大切そうに抱えて幸せそうな笑みを浮かべながら。
見ている者まで幸せにする様な表情に、確かに一度だけ、ヴォルデモートが哂った。
目覚めたら、一番初めにお前に伝えたい事がある。







------ I'm blessed with you. lovable...





















後書き

神楽 湊さんに捧げるヴォルデモート夢です。
 ・ ヴォルデモートで、特に指定は無し。

まさか貰えるとは思ってなかったヴォルデモートでのリクエスト、気合満々で書きました!
…が、ヒロインもヴォルデモートもヘタレな気がするのは私だけ…(汗)?。
悲恋でもOKとの事でしたが、卿夢で悲恋は悲愴なものになりそうなので、最後だけ甘めで(笑)。
切ない中に芽生える仄かな甘さが伝わって下されば、幸いです…!。




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