出せない手紙
木枯しが吹き荒ぶ街路樹の下、舞う黄色に変色した葉を踏みながら唯真っ直ぐに続く果てな い道を歩いた。
時折横目で景色を眺めてやれば、懐かしい風景が視界に飛び込み、昔の己が去来する。
学生時代、この長い道を一人歩けば必ずと言って良いほど空気に良く透る透明な声がその背を押した。
唯一ファーストネームで呼ぶ事を黙認した少女は、一歳年下のグリフィンドールの少女。
グリフィンドール出身の者と言えば、私が思い浮かべるのはポッターやブラックと言った【無能】の名のカテゴリで括られる者達。
其の中でも、アラユル意味で一際存在感を持つ少女は魔法界名門 家の令嬢。
けれど其の肩書きとは掛け離れた様に、マグルとも親しい一風変った少女。
彼女と過ごした筈の6年間…私は何をしていたのだろうか。
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結婚…するんだね。
ホグワーツでの卒業式、瞳に涙を溜めた少女は哀しそうに笑った。
抱え切れない程の花束を後輩に渡された私を見ながら苦笑して、其れを傍らの奴等に預ければ、 は唯一輪の花を差し出した。
一輪一輪が高価な花を大量に買い込んで、自分の愛情に尺度をつければこれくらいなのだと表情に書いた女達。
笑顔で花束を渡しながら、他の女達をさり気無く値踏みして、自分の方が勝っているとそんな笑みを零しながら手紙を差し出す。
その一番最後、私の後を追い掛ける様に付き纏って来た が居た。
満面の微笑で【卒業、おめでとう】と言い、哀しそうに【結婚】という言葉を吐いて。
ナルシッサとの婚約は、揺らがせる事が出来ない程に確定付いた行事のようで、事後報告としてホグワーツ内に広まった。
悲しませる訳にはいかない、と告げなかったその出来事を は間接的に耳に入れ、事実を知った。
多分、大分以前からその事実に気付いていたのだろう。
だが…私は直接 に言う勇気を持ち合わせて居なかった。
「 …何時の日か…また、逢おう 」
その日は来ないと知りながら、私は から一輪の花を貰った際にそう告げた。
一瞬愕いた様な顔をして、それから直ぐに何時もの笑みを零しながら は唯微笑んだ。
YesともNoとも言わず…唯、其処で微笑んでいた。
笑んでいる筈のその表情が、余りにも哀しさを帯びていて、ローブに仕舞い込んだ指先を握り締める。
此れが最後の別れになるのだと沿う自覚すればする程、締め付けられる様な胸の痛みに耐えかねる様に表情が険しくなる。
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ずっと…ずっと好きでした。
渡された手紙には、唯一言そう認められていて。
返事を聞く訳でも問う訳でもなく、ましてや私の返事等期待しないかの様に如く、流れる様に美しい彼女独特の文字で唯書かれていた言葉。
手紙が過去形で終っているのは、彼女なりの配慮なのだろうか。
知らぬ女と婚姻の契りを交わす私の枷と為らぬ様に、自分の存在等過去の産物として記憶に残してくれればそれだけでいい、と。
その意図を確信した瞬間、私は懐に仕舞い込んだ への最初で最後の手紙を渡さぬ侭に別れ様とそう心に決めた。
そうしてそれから…実に5年の月日が静かにゆったりと流れ落ちて仕舞っていた。
「 ルシ…ウス…? 」
聞き慣れた其の声に視線を上げれば、舞う木枯しの中であの日の侭の が其処に立っていた。
視線を の瞳に合わせてやれば、其れだけで はあの日の様に柔らかく微笑んで、私の蒼青の瞳を見つめ返してきた。
時が止まった様に、時を止めてしまった心の時計がコチリと動き出す様に、私の脳裏にあの日々が蘇る。
哀しそうに笑った に、告げられなかった嘗ての私の感情。
全ての空白を埋め込むかの様に途切れてしまった糸が、たった今繋がった様。
自分は経った五年で己でも自覚する程に変わり果ててしまったと言うに、目の前の少女はあの頃の侭穢れを知らぬ優しい眼差しをしていた。
この腕で…本当に守りたかった者は、唯一人だけだった。
あの日からずっと、今も変らぬ侭。
「 久し振りだな、 。この様な場所で何をしている? 」
「 あ…っと…私、此処で教師をしているの 」
照れた様に は真後ろに立ち聳える嘗ての学舎を指差した。
ホグワーツまでのこの道を、私はお前を思い出しながら歩いていた等と言える筈も無く、況して仕事の都合ではなく妻の用事で来た等とは口が裂けても言えぬ。
至る所にベンチがある故に、座って話せばいいものを、 は私と周囲を気にしてか立った侭で言葉を続ようとする。
あの日と同じ、この光景。
異なるのは立場と環境。
拭っても拭い切れない への感情が胸から競り上がって、途切れ途切れだった感情への通路が一瞬で繋がった様に膨れ上がる。
再びこうして偶然にも出会うことが出来たのは…必然なのだろうか。
「 お前が教師とは…世も末だな 」
「 失礼ね、此れでも評判良いんだから。
…此処で…貴方の子供を…何時は私が教える日がくるのかしら? 」
微笑んだ に夕陽が映り込む。
其の笑顔は忘れもしないあの日の悲愴に満ちた笑顔。
あの日渡せ無い侭行き場を失ったみすぼらしい感情を含んだ手紙が、出してくれと痛みを伴って心に直談判を掛けた。
何度も何度も棄て様と、燃やしてしまおうと思った渡しそびれた手紙。
出せない手紙を棄てられないのは、 との関係までもこの先永遠無いものになってしまう気がしたから。
だからあの日渡しそびれた手紙を未だ持っていると言ったら…君は私を失笑するだろうか。
「 …その日が来たら…私はルシウスの事を忘れる。
だからその日までは貴方を好きで居させてね 」
枝葉が鳴り、波濤のようなうねりを響かせ周囲は薄闇に埋め尽くされて行く。
途切れた記憶の片隅に今でも眠り続ける君への確かな想いへの封印が、音を立てて崩れ去る。
の唇から紡がれた、一縷の感情も混じえていない、ただ音と音を繋ぎ合わせただけのようなその声。
彼女を此処まで追い込んだのは紛れも無い己で有ろうに、今ではその事に感謝すらする始末。
何もかも、投げ出す最後のチャンスは此れを逃したら訪れる事は無いのだろうと5年間後悔して来た成果が現れる。
「 In some cases, I want to tell. Cause, still I love you 」
背を向けて、今度は自分から私の前から消え去ろうとした を後ろから抱き寄せた。
小さく息を呑む呼吸音が聞え、手にしていた鞄がずり落ちて地面に書類がばら撒かれる。
秋から冬に変化る冷たい風が木葉と一緒に其れを茜色の空に舞い上げた。
書類に手を伸ばす訳でも無く、抱きすくめた私にその細い腕を回す訳でも無く、唯 は紛い物にでも抱かれている様にその場に立ち尽くしている。
真っ白な頬から一筋の涙が零れ落ちた。
誰が見ていようと既に関係無い。
関係、無かった。
「 未来を、私と共に 」
出せない手紙を棄てられないのは終わりにしたく無いから。
出せない筈の手紙は、全てを終わりにする為に残された切り札。
何度も忘れようとして忘れることが出来なかった存在にもう一度出逢う為、あの日私と君は別れたのだとそう信じて相違ないだろうか。
遠くで呼んだ君の声が酷く懐かしくて、あの日の侭心は素直に為れずに忘れようと足掻いた事でさえ、今では思い出に変るのだから。
どんなに切ない日も楽しい日も今ではもう取り戻せないと言うに、心はいつも君と居た。
何時か必ずまた出逢える等と信じて、稚拙な感情を書き殴った手紙さえ棄てる事さえ出来ない愚かな私。
其れが全て、この日の為だと信じたら君は哂うだろうか。
何も言葉を吐く訳でも無く、唯静かに抱すくめた が私に腕を回して来た。
細い身体から伝わる温もりが愕く程温かくて、懐かしくて、私は静かに瞳を閉じた。
もうじき雪が降る。
歩き慣れたこの道は、純白の布で敷き詰められて季節が過ぎて行く。
あの日擦れ違って仕舞った侭の心が漸く居場所を探し当てたようにゆっくりとその鼓動を始める。
出せない手紙を棄てられないのは終わりに したく無いから。
伝えられなかった想いは今君に伝える為。
擦れ違った心はもう一度重なる為。
もう一度君を愛する為に 私はあの日君に想いを告げずに居た。
だからもう二度と、離しはしない。
途切れた指先と指先が繋がる事の無かったあの日々に、一緒に還ろうか。
そうして今度は二人一緒に、あの日からやり直しても遅くは無いのだろう。
あの日と同じ様、木枯らしが舞い上げた木葉嗄の絨毯を、二人で共に歩こうか。
どんな日々も君が隣で微笑ってくれるのなら、其れだけでいい。
後書き
さなさんに捧げるルシウス夢です。
・ ルシウス.マルフォイ(学生.大人どちらでも可)
・ グリフィンドール.一学年年下設定
悲恋可との事でしたが、私のイメージではこの曲は「再会」なのでこう言う結果になりました(苦笑)
ルシウスとヒロインがこの先にどうなるかは皆様のご想像にお任せ致します。
【出せない手紙を棄てられないのは終わりにしたく無いから】
この歌詞が心にズシンと響くのですよね。
手紙の内容…其れが愛情を齎すのか失恋を齎すものか、それも皆様のご判断にお任せ致します。
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