Timeless Sleep







眼前に唯蒼いだけの海と朝霧に包み込まれた太陽が静かに浮かんでいた。
波の音が痛い位に耳に付くこの場所は、街の雑踏から少しばかり離れた閑静な森の其の奥に位置している。
聞き慣れたクィディッチの歓声も、双子に激を飛ばすフィルチの声も、柔らかいダンブルドア校長先生の声も聞こえる事は無い。
誰にも何も告げずに、キングスクロス駅発の列車に飛び乗って、昔懐かしいこの場所に。
意識を欠如させれば溢れ出しそうな涙を堪えて、何もかもを投げ出して独りでふらりと此処に来た。
急に地平線を見たくなった。
他に思い当たる理由も無くて、無断でホグワーツを抜け出した理由を咎められたら何と答えようと其ればかりが気に掛かる。
何もかもを忘れる為に此処に来たと言うのに、思う事はホグワーツに帰ってからの事だけだなんて情けない。










「 太陽が海に飲み込まれて…沈んだ先はその熱さで少しは温もりが海にも伝わるのかな… 」










ザァザァと音を立てる波打ち際に腰を落して、瞳に映り込む大パノラマに絶句する。
夕暮れ時に訪れた事は有れど、朝霧の中に雄大に現すその姿を見たことは一度も無く、想像以上の素晴らしさに言葉が咽喉奥で詰まる。
言葉等要らなかった。
耳に残る波音と、微かに陰る朝の到来を告げる純白の霧に包まれれば其れだけで躊躇いさえ捨て去って溺れる事が出来る。
心に抱えた負担等この雄大な大海原に比べたら、比べる価値すら無い位に醜く儚いものであると。
そう思えて居る筈だと言うに、如何してこんなにも心は正直に…痛くて刹那いと哭くのだろうか。
全てを忘れる為にたった独りで此処に来た…其の意味が薄らいでいく所か益々増加の一途を辿るに過ぎない。










「 今頃…貴方は真面目に授業を聞いているのでしょうね 」










空にぽっかりと浮かび始めた邪魔な雲を遠くに認めて、誰に語る訳でもなく酷く大きな独り言を吐き出した。
此処には誰も居ない。
の名を持つ者に何が起こって、如何して此処に着たのか何て理由、知っている人間はこの世界を探したとしてもこの場所には誰一人として存 在しない。
此処に有るのは唯タダ、拒絶する事も引き離す事もせず、動く事も無ければ消滅する事も恐らく無いであろう雄大な海。
射し込む朝陽に朝霧が乱反射して海の水面が宝石の様な輝きを放つ。
その様を見、美しいと素直に思えるだけの余裕が自分に残っているのだと実感すれば、其れだけで何処か救われたような気持ちにさえなってくる。
一時の心神経の移動さえも、今では如何やっていたのかさえ想い出せない程に心が疲れ切っていた。










「 隣に…座れないからなんて理由、受理してもらえないだろうなぁ… 」










海と空とを繋ぐ境界線が見れないその水平線を探しながら、 はポツリと呟く。
つい先日、失恋を経験した。
正しく言えば、付き合っていた彼に突然別れを告げられ、【好きな人が居る】と追い討ちを掛けられる羽目になり。
呆然としてしまった が言葉を紡ぐ暇さえ与えずに、彼はそのまま授業が有るからといい の前から姿を消した。
同じ学年同じ寮、更に言えばホグワーツに入学する以前からの知り合いであった と彼の関係は、周囲の誰から見ても聞くまでも無く暗黙の了解として通っていて。
好きだと告げられた日から別れを告げられたその日まで、この先永遠に彼を愛し愛され、彼の傍に居れるものだと疑う事無く信じ続けてきた。
だから別れを告げられたその瞬間でさえ、何処か他人事の様に話を聞いている自分が居て、次の瞬間顔を会わせればまた普段の様に微笑ってくれる彼が居るとそ う思っていた。
けれど現実は想像以上に残酷で、心を閉ざしてしまわなければその痛みに耐えられない程、心の面積を覆いつくすのは彼の存在だった。




手を伸ばせば何時も其処に有った筈の温かな温もりを何時も何時までも思い返す弱い自分。
彼がくれた温もりも愛情も二度と思い出さないと誓った筈なのに、白昼夢を見ている様に知らぬ間に思い出す。
遠くから姿を認めるだけでも刹那さに溢れかえると言うに、如何云う訳か彼に別れを告げられて以来一度も泣いた事は無かった。
泣けば全てを【現実】として受け止められなければ為らない必然性を厭と言うほど理解しているからか、其れとも未だに事態を心が拒否しているのか瞳から涙が 流れる事は無い。
全てのモノを滅茶苦茶に壊滅させたい程心は哭いて居ると言うに、涙が流れないもどかしさ。
どうせ誰も此処には居ないのだから、思い切り泣いてしまえば少しは楽に為れるのだろうに出来ない自分の妙な弱さに幻滅して膝を抱えた。
俯いた処で涙等流れないと知っている筈なのに、こうしてしまうのは心の何処かで泣いて仕舞いたいと思っている証拠だった。










「 如何した、辛いなら泣けばいいではないのかね 」










傍らで聞き慣れた透る声が響いた。
決して聞こえる筈の無い其の声は、所属する寮監であるセブルス・スネイプその人のモノ。
朧気に為った意識の中、首から上だけを回して後ろを振り返れば、朝霧を漆黒に纏った酷く不機嫌そうな男性の姿。
霧の所為でハッキリとは見えない表情では有るが、間違い無く眉間に皺を寄せ口角を吊り上げ今にも激怒さんばかりの表情を作っている事は間違い無い。
ホグワーツに居る時でさえ機嫌の良い処など見た試しが無く、現在の自分の状況は説明するまでも無く、スネイプの脳裏には【己の管理する寮の生徒が無断でホ グワーツを抜け出した】が有ることであろう。
何を如何考えても怒られるべき要因は多々有ると言うに、如何して第一声が其れなのか少々頭の中が混乱する。










「 …其れを態々言う為に此処まで来たんですか?
 【実はスネイプ教授は物凄い暇人だった】って噂が立ちますよ。 」




「 我輩は先にお前に聞いたのだよ、ミス 。何故泣きたい時に泣かぬのか、と。
 其の解答を貰えぬ内は貴様の質問に答える義務は無い。 」










1を返せば倍以上の厭味を伴って返事が返って来る事等判りきっていたと言うに、余りの其のお決まりのパターンに呆れそうになる。
長ったらしい言葉を返される位ならば一言叱咤された方が、未だ救われた様な気持ちになるのは相手がスネイプだからではない。
自分でも何故泣きたいのに涙が出ないのかと押し問答していると言うに、聞かれて易々と答えられる解答を持ち合わせているのならばハッキリと行動に示してい るだろうから。
別段自尊心が高いわけでも無ければ、人前で泣いた事が無いと言う理由でもない。
現実を認めたくないと判っているけれど、前に進まなければ為らないと知れば知るほど、心が拒絶したかの様に涙が流れない。
泣きたいのに、泣けない。










「 …泣けないんです、唯、其れだけの理由です。 」



「 人間、生きている内に流す涙は【嬉し涙】より【哀し涙】の方が格段に多いとされる。
 辛い時に流す涙が無いのならば、お前は何時泣くのかね?
 泣きたい時に泣けない等と…惨めな痩せ我慢にしか見えぬ。 」






「 …ッ…、泣きたくても泣けないんだから仕方無いじゃないですか…!! 」










もう少しは場の雰囲気とモノの言い方を考えて欲しいと、怒り紛れに声を張り上げてスネイプの瞳を見据える様に目線を上げれば同時に朝霧が綺麗に晴れた。
其の先に見えたスネイプの表情が予想範疇外で思わず息を呑んで瞳を見開いた。
想像していた呆れた様に不機嫌なその姿を見る事は無く、代りに悲愴に満ちた眼差しが向けられていた。
こんな人間にまで同情されるのかと思えば、思いもしなかった惨めさにギリリと歯が鳴る。
自分が気付いている弱さ、自分に耐えられない弱さ、耐えられないと全て投げ出してしまえば楽に為れるのに。
其れでもしつこく食い下がる様に求めるのは、優しさに満ち溢れていたあの温もり。
望んでももう、手に入れる事は出来無いと言うに。



ガクリと項垂れた。
全てを受け入れる程強くないと思い込んでいた心は意外と脆く…薄氷が割れる様に小さな皹が入ってしまえば意図も簡単に崩れ去ってしまう。
競り上がって来る涙は自然と大きな物となり、やがては伏せた睫を伝って頬に毀れた。
【泣いた】と心が認めれば、後から後から様々な思いが去来して切なさを伴った雫が留まる所を知らぬ様に次から次へと溢れ出た。
消せない過去と戻らない温もりを求めるかの様に、そうして全てを流してしまいたいと心が慟哭く。










「 泣きたい時は、唯泣けばいい。消せぬ過去等無いが、想いを忘れる事は出来る。
 現実から眼を逸らしてはならぬ。向き合って初めて過去へ繋がる道が出来るのではないのかね。 」










途切れぬ嗚咽を伴いながら、涙で濡れた瞳で見上げれば膝を地に付いたスネイプが其処に居て。
拠り所を求めて彷徨っていた様に見えたのだろうか、其の侭腕の中で抱く。
小さな子供をあやすかの様な柔らかい仕草で、抱き込んだ頭を大きな掌で撫で、慰めるかの様に髪を梳く。
が泣き止むまでそれ以降は何も言葉を発せずに唯静かに時間だけを共有し。
身体から伝わる意外な程に温かな温もりを感じるけれど、脳が彼の其れと錯覚する事は無い。
泣けば泣いた分だけ過去の思い出に還す道が出来て行くのだと云うその言葉が本当の様な気がして、抱き留めて宥めてくれるその優しさに甘えて仕舞いたくて唯 縋った。
彼の代りを探していた訳でも無ければ、スネイプが救いの手を差し延べてくれていたのだとも思わない。
一つだけ言えるのは、もう二度と彼の温もりと愛情を心が求める事は無いだろうと云う事実だけ。















腕の中で震えながら透明な雫を零す を抱き締めながら、如何して己はこの様な愚態を晒しているのだろうかと思考する。
決して口に出来ぬ想いを胸に宿したその日から、 だけを見てきた。
彼女が彼を必要とし、必要とされなくなった事も全て手に取る様に知っていた。
だからこそ、泣く事さえ出来ない彼女は壊れてしまうのだろうと予想出来。
己は決して手に入れることが出来ない愛情を、 が彼に求めた様に、何時の間にか我輩も同じ様な愛情を に求めてしまっていた。
今この瞬間が、飛び立つ鳥の一時の羽休めでしかない存在であろうとも、其れでも構う事は無い。
傷ついた が忘れる為に泣く場所を必要とするのならば迷う事無くこの身を差し出すだろう。
少しでも の心の痛みを拭って遣れるのならば、其れだけで充分に幸せだ等と柄にも無い。
知っていて何故そうしてしまうか等と云う愚問は、聞くだけ無駄であり考えるだけ愚かでしかない。




一頻り泣いた後、 は必ず問うて来るだろう。如何して此れほど程までに優しくするのかと。
然すれば我輩は何時もの口調で厳しい言葉を吐き、益々お前から嫌われる道を歩む事になるのだろうな。
其れでも構うことは無い。
お前にこの想いを告げて嫌われてしまう位ならば、想い等口にしない侭で居たほうが幸せだ。
浅はかな願いや夢等何時かは醒めてしまうモノ。
ヤツを失ったお前の様に、お前を失った時我輩の行く末がどうなるか等眼に見えている。
何時かは目覚める夢ならば、何も始まらずに居た方が幸せであろう。
この世界、何処を捜しても醒めない夢等存在しないのだから。










------- Cause, still I love you.





抱き締めながら、心の中で告げた想いが君に届く事は永遠に無い。
















後書き

悠里さんに捧げるスネイプ夢です。
 ・ セブルス・スネイプ教授
 ・ スリザリン&悲恋可

悲恋可との事で遣ってしまいました、悲恋…!!
誰が悲恋って…教授とヒロイン両方失恋しちゃってます(汗)。
其れでも教授に想われているという事で、半悲恋って駄目ですかね(苦笑)
何時にも況して長くなってしまいましたが…私の中での曲のイメージはこんなです。
この先、ヒロインと教授がくっ付くか否かは、ご自由に想像されて下さいね。




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